腸の動きが悪いせいか、腸脳相関のせいか、

ネガティブなメンタルの悪影響なんだろう、

昨日も今日も、一日中、お腹は痛い。

 

北里に行って「癒着はない」「むくみである」と言われても。

頭の中のイメージが「小腸の、捩じれて曲がってくっ付いて~」

「カチンコチンな癒着した腸管が~」な画像から、

「あっちこっちで、むくみまくって、外側を取り巻く大腸の内腔で」

「凸凹になった小腸が"ギュウギュウと押しくらまんじゅう"してる」

画像に置き換わっただけである。ガーン

診察室でセンセイに「健常な腸管と違って、むくんでいることが原因で

腸管の蠕動運動が阻害されているのですか?」とお聞きしたら、

そーいうことでもないらしい…。

 

うらんの下肢も、足背からふくらはぎ、太ももまで(整体院のイケメンが言うには)

かなり、むくんで(浮腫があるが)歩行が不安定なのは「痺れ」のせいで、

むくみがあるからと、それだけでは歩行にモンダイないのと同じ原理だろか、、

 

センセイに、不安障害があると(メモに)書いてありますが、これは今は心療内科などに

通院されているのかと問われたので、

 

十年以上前に1年半ほど心療内科に通っていたけれど、山のような薬、抗うつ剤やら

睡眠導入剤やらを処方されるだけで、うつ病も不安障害も全く改善しなかったので、

勝手に通院やめましたとお答えした。

 

「不安障害なんか、イレウスの治療に明るい展望が開けるのであれば、もー治ったも

同然なんですー」と言ったら、センセイが苦笑された。( ̄▽ ̄;)

 

だって、不安の大元は「治らないで、再発を繰り返すイレウス」なんだもんね。

11日の外来受診時にお話ししようと思うのだが、

 

誤解を恐れずに言えば、

末期ガンのほうがまだよかった。

余命半年とか一年とか宣告されれば、

覚悟もできる、諦めもつく。

ゴールが見えてる。

身辺整理の計画も立てられる。

 

わたしのイレウスはゴールが見えない。

どっちに向かって、ボールを蹴っていいんだかわからない。

前に進みたくても、進めない。

 

※末期ガンの方、ご家族の皆さま、お読みになったらさぞかしご不快でしょうが

うらんの正直な思いとご了解ください。

 

頼るべき相方は世を去り、コドモもいない。

コドモはいなくてもいいが、パパがいないのは人生上の大損失なのである。

カラダは原因不明(コレも放射線治療の副作用といわれてはいるが)の痺れで

働くこともできず、

さらにいつ起こるかわからない、いつ入院になるかわからないイレウスのせいで

内職もボランティアもできない。

 

”生かされている”理由や意味はなんだろうなあ。

 

みんな(治療待ちの腸閉塞患者の方々)が腸閉塞によって

失ったもの、損なわれたものって、なんですかねえ~?

 

以前、訪看さんが教えてくれた「ネガティブケイパビリティ」の言葉が登場する

『幸せは食べて寝て待て』というコミックの主人公だと、

病気によって失ったものは、健康よりも

病気を引き金に何かを諦めなければならなくなったこと、 

自尊心を損なってしまったこと、

だそうだ。

 

確かに色々「諦めた」ことは多々ある・・

でも自尊心て、、何じゃらほい、、

最近、流行りの?「自己肯定感」とどう違うんか、、

 

あれもできん、これもできなくなったと

自分の価値を認められなくなったことか

 

自分なんかーーって、自身を大事に思えなくなることか

 

 

よくわからない・・

大事に思えているから、北里という、最後の藁を掴んでみたわけで。

失ってはいないが、損なっては、いるかもしれない。

 

人間には回復するチカラがあるから・・と

昔励まされたことがあるけれど

イレウスは自分では回復することができない、

外科医のウデ頼み・・

 

 

あー、そうそう、

昨日の記事に転載した矢部センセイの文章の中に、

食事の制限がいかに大きな楽しみを奪うのかと思います

ていう一文があるけれど、

 

うらん的には、単に食事は「食べるだけ」じゃなくて、

「作る楽しみ」でもあり、「献立を組み立てる楽しみ」も

兼ねている・・

イレウスのせいで食べられる食材や、調理法が限られるようになっても、

制限が加わった、その範囲内で、どういう料理を作るか、を

新たな楽しみ?と考えるようにしてきた、、

 

今ウチの冷蔵庫にアレとコレがあるから、スーパーに行って、ドレを加えれば

アレができて( ̄▽ ̄;)

コレをメインにすると、副菜はアレにして、とか( ̄▽ ̄;)

足りそうにないタンパク質は牛乳やらヨーグルト追加で、、とか

 

今日はどうも胃もたれするから、卵を固ゆでにしてポテトサラダに入れるの

やめとこう、レンジで温玉だな、、とか

そいつを鶏ガラスープの中に入れちゃって、温玉スープにして、ゴハン投入

しよう、とか(^^;

 

まあ、そんなふうに「できることを、できる範囲で」やってきたけど、

はぁ~~、刻み食だの流動食だのって、、

汗

 

損なわれたものは「食べる楽しみ」だけではないのだい。

 

記事のタイトル変えるべきか(苦笑)

腸閉塞によって、損なわれたものを挙げよ、とか。(^^;

 

なんでも好きに食べれないーー

出来合いのおかずもお弁当も食べれなくて、具合の悪いとき不便ーー

友達と外食もできないーーー

いつ発症するかわからないから、旅行もできないーー

ネットショッピングも届く日に入院してたりしたら

受け取れないと思うと、買い物も楽しめないーー

予定も立てられない、予約も取れないーー

語学留学も望めないーーー

 

あと、なにかな、

入院ばっかりして入院貧乏~泣

 

えーー、それから、、

イレウス管造影がコワいーーー

 

 

案外、大きいのが

周囲の理解がないーーー

 

こういう状況において、「ワタシらしさ」「うらんらしさ?」を

どこで、どういう風に実現するか…

センセイの「その人らしさを尊重しながら共に病気と向き合います」の

道筋を探っていけるか

 

ドアは開けた、

道は見つかるのか、

作るのか?