さて、心が読めることが分かった私。
それからが大変でした。
声が聞こえる、聞こえる。
みんな心でこんなことを話しているのか、
本音と建前がこんなに違うんだ、とか、
これはうそなんだ、とか、
本音と建前が一致している人の少ないこと、少ないこと。
小学生のときは、友達は、やはり正直でしたね。
本音と建前が同じ子が多かったです。
本音と建前が(HとTにします。)違う子もなかにはいましたが、
そういう子に限って、優等生が多かったです。
そういい子が多かったのです。
学級委員の子が「先生、わかりました。みんなに伝えますね。」
なんて言ってる子が、「ふざけんなよ、何でもかんでも、押し付けるなよ。」
と心では言ってるのです。
で、そのギャップが怖くて、そういう子の前では、逆らわないようにおとなしく振舞っていました。
はい、私は賢かったのです。(笑)
顔色を読むのではなく、はっきりと心の中を読んで過ごしていたのです。
そのうち、私はその能力をコントロールすることができるようになりました。
黙っていれば、どんどん声が聞こえてくるのを、聞きたくないと思った人をこの人の心はシャットアウト!
と思うと、聞こえなくなったのです。
そしてこの人の心の中を知りたい、と思うときは、「ズームイン!」 とやると、ピンポイントで聞くことができる
ようになったのです。
これは生きていく術でしたね~~。
このおかげで、私は思いのままに過ごすことができました。
さて、中学生になると、みんなHとTがはっきり違う人が多くなってきました。
やはり、みんなええかっこしいになるんですね~~。
本能のまま動く人はいませんでした。
そういう本能のままに生きる人ははっきり言って嫌われていました。
私はその人は素晴らしいと思っていましたが、
本能のまま生きるということは実に生きにくい世の中だったのです。
つづく。

