さて、伏線回収の旅ベトナム編もこれにて完結です。
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満席の飛行機のはずなのに、私の隣だけ空席。
という状態で帰国しました。視える人には視えると思う。
こんな状態で飛行機は羽田に着いたのですが、前回と様子がおかしい。
ということで、現在の様子を記しておきたい。と言うのも
・・・「帰らない」から。
どういうことか分からないんですが、
前回の17年前は関空で敬礼して英霊たちはおのおの故郷の地へ散って行ったんですよ。
(どうやら地続きだと公共交通網を使って自由に移動できるらしい。)
今回、何かがおかしいんです。
前回の10倍くらいのかなりの人数を運んだのでヘロヘロになりましたが、
羽田空港まで届ければもうあとは私の関わる部分ではないと認識していたのに。
数人、残った。
私「あなたは行かないのですか?」
軍人「今しばらく、この地に留まることをお許し願いたい。
なお果たすべき任務が残されておりますゆえ。」
・・・
帰らない。というのか、うちまで付いてきている。
いまとなりにいらっしゃる。
リビングのソファーにきゅっと軍人が並んで座っている。
ということで、眠たくて重たくて全然動けない。
いつまで続くのだろうか。
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我が家に滞在している2名は、ベトナムの地で命を落とした士官で、
生前の名前を名乗っているので歴史上の誰なのかは判明した。
戦後80年が経っている故郷まで何をしにここまで来たのかも、
その真剣な温度感もなんとなく理解した。
名前と位を出せないので、彼らのことを士官Aと、士官Bと呼ぶことにする。
士官Aは終戦前に戦死している。歳は30歳くらい。
引き締まった顔立ちに、研ぎ澄まされた知性。
現代で例えるなら007の和製ジェームズボンドの風格だ。
静かな威圧感と色気をまとった圧倒的な存在感。
一目でファンになるほどイケメンである。
士官Bは少し丸みを帯びた頬から、もう少し若いかと思われる。
純粋さがにじみ出ていて、士官Aを心から尊敬しているのが分かる。
戦死したのは、戦後しばらく経ってからのベトナム。
しかし、こんな私でも今回の件については相当困惑している。
内容が、SNSに掲載できない歴史の裏側の事実だからだ。
おそらくベトナム政府にとっても、そして日本にとっても、
扱いに困る類のものだろう。
彼らは、日本のとある人に、帰国報告をしたいそうだ。
けれどもその相手というのもすでにこの世の人ではなく。
仕方がないから、「靖国ではどうか?」と聞くと
「動けなくなるからまだ駄目だ」と言うし、
「明治神宮はどうだ?」と聞くと、少し興味を示したが、違うらしい。
先ほどは二・二六事件の慰霊碑にお連れしてみたら、
二人は、最敬礼をしてしばらく微動だにしなかった。
二人の士官は、昨日の私の受賞式にも付いてきていた。
そこで、会場の空気が変わった瞬間があった。
とある方が、「戦後80年を迎えた今の教育」について、
まるで誰かに届けるかのように、強い想いで語られたスピーチ。
その言葉が放たれた瞬間、ふたりの様子が明らかに変わった。
士官Aは、静かに、士官Bは、こらえきれないほどに、涙を流していた。
今回の件について、ご遺族の方からのお問い合わせには誠実にお答えしたいと思います。
80年という時間を超えて、ここまで辿り着いた想いがあるのなら。
その橋渡しだけは、私が担うべき役割なのかもしれない。












