あの日は偶然にも子どもは修学旅行、夫は出張だったのだ。


久しぶりの独身気分に浮かれていた。


家にいるのももったいないと思い、お洒落をして、でかけることにした。


いつもより少しだけ贅沢なランチをして、買い物をゆっくりとして、今度は映画でも観ようかと思い足を運んだ。


ポスターをながめていたら、声をかけられた。


「よかったら、映画ご一緒しませんか?チケット二枚あるんです」とニコリと笑う、爽やかな声を放つ、清潔な身なりのその男に一瞬で魅せられ、コクリとうなづく自分がいた。


映画の内容も、その後連れて行かれたイタリアンの店でも何を話したのかよく覚えていない。


ただ男と飲むお酒は美味しくて楽しくて、私は馬鹿みたいに浮かれていたように思う。


ーー今夜だけ、恋人同士になろう?


その晩、男は、一生忘れることができないような、いままで味わったことのない美酒のような、深く甘い思い出を、私の体に刻み込んでいった。


男は言葉通りに風のように消えた。


メルアドも電話番号も教えてはくれなかった。


ーー縁があったら、またどこかで出会えるかもしれないね


名も知らぬ男との再会を信じて、男との逢瀬をもう何度も頭の中で繰り返している。


男のむき出しの感情が確かにあの夜私に向けられていた。


全身全霊で求められているようで心地良かった。



胸に耳に残る男との記憶がもてあそぶかのように私の体を苛む。


疼く体をもてあます。


いまだ男に身も心も囚われたまま、男への想いをいつまでも断ち切れず、青空を仰ぎ見、ため息をつく毎日。


またひとつ季節が過ぎていく。



鮮やかな手口であなたの心を奪った男はいまどこにいるのだろう?


あなたのように、男もまたどこかで、美しき澄み切ったこの空を見上げているのだろうか?


平凡だけれど穏やかな日常を揺さぶられ、甘く切なすぎる刺激を受けた。


強力すぎて解毒できない。


色褪せない恋心を何に変えていこうか。


男のことばかり回想してしまうのは、家庭生活がこれといった変化もなく、退屈だからなのかもしれない。


仕事、ボランティア、自分磨き?


忙しすぎる環境に身を置いたら、もう男とのことは思い出すこともなくなるかもしれない。


それともこのままずっと男の面影を抱いて生きていこうか。


それもまた浪漫。