「どこまでも限りなく 降りつもる雪」のあの人が逮捕、失恋レストランのあの人ももう何度目かの<手にお縄>らしいが、「悲しけりゃ ここでお泣きよ 涙拭くハンカチもあるし 愛が壊した 君の心を優しく包むイスもある」とものすごくいい曲を歌ってくれていた。
そこに行ったら、ニュース記事を、「おばけ、まけいん候補」と読んでしまうくらいの物の怪とお友達の壊れた私も治してくれるだろうか。
「男の子なんだから泣かないの!」と言われてきた男性は多いと思う。
泣いたっていいじゃないか、と思う。
寂しくて悲しくて辛くて立ち直れないくらい大変な状況なのだとしたら、遠慮することはない、いくらでも、好きなだけ泣いたらいいのではないだろうか。
愚痴でも、文句でも、失恋して息を吸うこともできないくらい苦しいのだと、ためらうことなく、男も女も涙と共に訴えたらいいのだ。
泣くことが女々しくて、男らしくない行為だなんて、一体誰が決めたのだ?
黙ってひたすら耐えて、なんでもないよと強がって、落ち込んで、へこんで、アルコールに逃げなくてもいいのではないだろうか。
そうやって我慢して、涙も飲み込んでしまったところで、心の痛み、傷自体はなくなりはしないだろう。
「苦しいんだよ、ばかやろう、なんとかしてくれよ、このままじゃ、壊れるよ」という感情が、押し殺したはずなのに、ふとした瞬間、何かの折に出てくるようになる。
時間が解決してくれるというけれど、いつまでたっても、傷口はふさがらず、心は悲鳴をあげ続ける。
誰かに裏切られて、もう何年もたつというのに、いまだに、「どうして?なぜこんなことになってしまったんだろう」と自問自答を繰り返し、心の中はくすぶったままであり、出口を見つけることができないでいる人もいる。
憎んでいるのに、忘れることができない、裏切られてもまだ好きだと思っているのかもしれない。
どんなに思っても失った恋はもう二度と帰ってこないとわかっているのに、思い悩み、新しい恋を受け入れることもできない。
恋の炎は消されることなく、まだ少しずつ、燃え続けているのかもしれない。
それでもいいではないか。
まだ、その人を思っていても、好きなままでもいいではないか。
「好きなのかなあ、まだ」
素直にそれを認めて、また、あの辛かった日々を思い出してしまい、辛すぎて泣きたくなったとしても、それでもいいではないか。
無理やり誤魔化して感情に蓋をしてしまうよりはいい。
「情けないな。……でも、こんなにもまだつらいんだよな」
心の痛みはどこにある?
痛みを感じ、その痛みを受け入れてあげてもいいのではないだろうか。
そうやって少しずつ自分の心を癒していけばいい。