小雨も小粋な夏の終わりにウォーキング。


前足の膝は直角で、後足の膝が地面につくくらいに、恥も外聞もなく、大またで歩くといいらしいが、なにしろ小心者なので控えめに、ごくごく普通にやってみる。


相棒のてくてくエンジェルPocket“育成散歩計”の通称かける君はうさぎジェルとなりかなり可愛い進化をとげている。


すこしまえのモスラみたいな姿の子には、「運動さぼってんじゃねー。散歩に連れてけ、この馬鹿たれ!」(さすがうちの子)と、罵倒され、あいそをつかされ、鼻で笑われ、見捨てられ、置手紙を残されて今生の別れを告げられてしまった。


iPod shuffleを鳥居みゆきちゃんみたいな修行服めいた白シャツの胸ポケットにはさんで、いざ出陣。


シャッフルしているので実にさまざまな曲が流れる。


XJAPANでそのつどXジャンプ、Def Leppardでも一緒にジャンプ、ゆらゆら帝国で酩酊感を味わい、NUMBER GIRLでああバンドっていいなとギターに聞き惚れて、Syrup16gで涙したり哲学してみたり、ALI PROJECTで、宝野アリカさまの世界でしばし戯れてしまうわけである。


曲を聴くための散歩になっており、有酸素運動とは名ばかりの状態である。


<日曜日に市場に出かけ糸と麻を買ってきたテュリャテュリャのロシア民謡>『一週間』や、ヤンキードゥードゥルの『 アルプス一万尺』などの軽快な曲のほうが歩くには適しているかもしれない。


まずい。


この二曲は強力である。


イメージしていたら、あっというまに脳内ぐるぐるソングになってしまったではないか。



さて、ウォーキングには合わない、なかでもきわめつけはこの曲、『砂塵の彼方へ・・・』である。


完全に足は止まる。


これがかかったら、無理やり歌詞の6番?<一万尺に テントを張れば 星のランプに 手が届く>とでも唱えなければならない。


瞬時に魅了され、ウォーキングなどもうどうでもよくなる。


不思議で綺麗で切ない世界に、猫みたいに、まっしぐらである。


指先は切なさで震え、唇は沈黙を守る。


ウォーキング場所の遊歩道は脳内では荒野の砂漠に変わる。


舞台はあくまで雄大で悠久で荒涼でなければならない。


しばし砂の大地で足を止め、風に吹かれ、髪をなびかせ、瞳を閉じて、天空に祈りを捧げ、過ぎ去った日々を追憶する。


決して今日のおかずは何にしようかなどと日常のことを考えてはいけない。


路上ですれ違う親子に「あの人と目と目を合わせちゃだめ」とさりげなく避けられることがあっても、おかまいなしに、妄想に浸るのだ。


これが正しい Sound Horizon の聴き方であるのかどうなのかはわからないがとにかく今はこのスタンスでいこうではないか。


上質の絵本を一枚一枚読み開く感覚で耳を傾けてみると味わい深い名曲であることがわかる。



<“Beyond the dust storm an extended horizon. Within each wave everlasting melody.”>


<旅人の季節は常に 過去へと現在[いま]を奪うけど
あの日重ねた歌声は今もまだ響いてる……>


<砂を超えて 遠い岸辺で僕等は出会うだろう
あの日重ねた歌声をこの胸に
砂塵の彼方へ……>



今日もひたすらロマンチックに、極限まで砂の海で溺れよう。