記憶喪失を扱う物語は多い。
私の場合はそのようなロマンチックでミステリアスなものではなかった。
単純に思い出す能力が著しく低下していたらしい。
今は昔、訪問先の会場の受付で自宅の住所を書いてほしいと言われ、ボールペンを渡された。
普通はさらさらと書けるはずである。
しかし、あの日は、頭の中がだんだん真っ白になっていくだけであった。
本当に漫画のようにこめかみから冷や汗たらり、穴があったら入りたいという状態になってしまった。
住所が思い出せないのである。
いくら考えてもはてなマークが飛び交うだけであった。
さすがに埼玉県民であることは理解していたが、そのあとがどうしても出てこない。
「住所ですね、ええと、じゅう、じゅーーー、じゅうーーーーですよね?」
何だっけ?
ここはどこ?
私は誰?
酸素を求めて金魚のように口をパクパクしてみた。
ニコニコ笑う主催者の方に、ひくひくと引きつった笑いをかえしてみたところでどうにもならない。
おそらくここでウインクをしてみせても意味はないだろう。
とうとう私にも彼岸からお迎えがきたのだと思った。
1789
仕方なく、その時唐突に浮かんだフランス革命の年号を適当にアレンジして書いてみようと思った。
何が悲しくて火薬庫であったバスティーユ牢獄を襲撃した年が出てくるのか。
さいたま市1789
無駄なスマイルを顔にはりつけながら、結局そのまま記入していた。
こころなしか字まで震えていて、挙動不審になりながらのなんちゃって草書体ではあった。
だが、この住所は案外かっこいいかもしれない。
会場を出たとたん、信じられないくらいに、すらすらと、住所を思い出したのである。
個人情報の保護を考えていたわけではあるまい。
それとも、それほどまでに自宅の住所の数字の羅列が嫌いだったのだろうか。
家に帰りたくない理由があったわけでもない。
理由なんてないのかもしれない。
ど忘れにしては恐ろしすぎる。
しらずしらずのうちにボケが始まっているのかもしれない。
こうやって新しいこともどんどん忘れてしまうのではないだろうかと、ボケボケのその夜、珍しく落ち込んでしまった。
もっともその後、数秒で立ち直ったような記憶はある。
なにはともあれ、住所が脳の記憶から消去されたというわけでもないらしい。
最近住所を手で書くという行為をあまりしていなかったから、単純に忘れてしまったのだと思ってみることにした。
きっとこれはPCばかりで文字を打っているせいなのだ。
顰蹙だって、薔薇だって、どんな難しい漢字だって、キーボードを叩けば即座に出してくれるではないか。
一字一句心をこめて誰かにお手紙をしたためるということをしていない。
絵手紙でも書いてみようか。
記憶喪失を扱った珠玉のミステリーといえば、これである。
ーーさっそうと夜の荒川土手に現われた、 20代の御手洗潔を思い出す。