ーーなあ、明日あいてるんだろ?デートしようぜ
ーーデート?私たちつきあってもいないのに?ミチタカと二人だけとか無理っ。
ーーじゃあ、テルが一緒ならいいんだろ。そっちも友達誘ってダブルデート?俺はなんでもいいんだ、ユイカが来るなら。
何が、デートだ。
何が、ユイカが来るなら、だ。
大学の友人であると、キュートなキョウコを紹介したとたん、ミチタカのでれでれ度が上昇した。
「キョウコちゃん、次、何の魚、見る?……ポニョとか?ニモとか?トサキント?」
そんなにまで甘ったるい声で、キョウコに迫るな、何が、ポニョだ、何が、ニモだ、何が、トサキントだ。
キョウコもそれくらいのことで頬を薔薇色に染めて受けてる場合ではないだろう。
前を楽しそうに闊歩しているのは、ご丁寧に手まで繋いでいる、ミチタカとキョウコ。
オニダルマオコゼ?背びれに毒針を仕込んでいるらしく、まるで忍者のようである。
イライラの原因であるミチタカが視界に入ってこないように、熱心に館内を観てまわることにした。
長い棘には毒があり必殺仕置き人のようなガンガゼも召喚されていた。
「ユイカ、つまんねえの?」
テルは調子のいいミチタカとは違って、ぶっきらぼうではあるがいつでも優しい。
ひまわり組の黄色い帽子をかぶり、スモック姿で通園していた頃と何も変わらない。
輝く太陽の下で、母親たちが水を入れてくれた庭に置かれたビニールプールの中で遊んでいたのは、ミチタカとテルとあの頃は日焼けなど気にせずにはしゃいでいた私。
「ううん、そんなことないよ。……テルは今日コンビニのバイトあったんじゃないの?」
「夜から行くよ。ミチタカ強引だからな」
ハブクラゲがゆらゆらと怪しげに華麗に水槽の中を乱舞している。
それにしても先ほどから目にしているものは、ミチタカのように、危険生物ばかりではないか。
水もしたたる美しい幽霊のような海月を横目で観ながら、小さくにやりとしていたら、テルがほっとしたような顔をして、笑う。
ぼのぼのだ、貝は何処に隠し持っているのだ、とラッコを見て、園児のように騒ぎ立てているミチタカは本当に就職が決まった大学生なのだろうか。
「テル、もう帰ろうか。私たちお邪魔みたいじゃない?」
私はテルの腕を軽くたたき、ここを出ようと促した。
私の手の上にテルの指が重なる。
ためらいがちに繋がれる手。
「あいつらの真似」
ミチタカのような毒はテルにはない。
テルの指は熱を帯びて、かすかに震えていた。
ぎゅっと握り返したら、テルは小さく微笑んだ。
「……お前ら、帰るのか?」
ミチタカの静かな声に怒りが混ざっているのを感じた。
テルは私の手を離し、ミチタカの肩をぽんとたたき、「俺はバイトあるから、じゃあな」
慌ててテルの後を追いかけようとして足を踏み出したら、ばしっとミチタカに腕をつかまれる。
「ユイカはここにいろ」
キョウコはふっと息を吐き出しおもしろいものでもみつけたような顔をする。
「あの、私も家庭教師のバイトがあるので、ここで解散ね」
お二人はごゆっくり、と後ろ向きのまま手をひらひらとふり、キョウコも行ってしまった。
土産売り場の横のあたりは人の流れもとだえがちになっていて静かな場所であった。
「いいの、キョウコ帰しちゃって」
「別にいい」
「何怒ってるの?」
20cmも私より背が高いくせに、ミチタカは甘えん坊の猫みたいな顔をして、拗ねている。
「怒ってねーよ。……行くぞ、デートの続き」
包み込むように手を握られた。
「続き?これのどこがデートなのよ、ずっと、キョウコといたくせに」
振り向いたミチタカは猫から豹に変わっていた。
満足そうな笑みを浮かべている。
指先をからめあうように握り直し、切れ長の瞳が私を射抜く。
「そっか、ユイカは俺と一緒がよかったんだ?」
自信満々のミチタカの言葉に、台詞選びに失敗したのだと気付いた。
「……ま、まさか。誰がミチタカとなんか」
「俺はユイカといたいけどな」
ぐいっと肩を抱かれ、ひまわり組のみーくんはもう十分大人の顔になって、私の心をおもうさま操るのだ。
気持ちとは裏腹に勝手に熱を帯びていく頬が恨めしい。
どうして、ミチタカという男は、私の神経を逆撫でするようなことばかりいうのだろう。
ミチタカといると、心臓がどくどくと動き出し、喉はからから、砂漠の民のようにオアシスを求めてさまようはめになる。
「キョウコとばかり話してたくせに。私のことなんか無視してたじゃない」
止まらない。
「お前の隣にはいつもナイトみたいにテルがいるじゃないか」
嫌い、嫌い、大嫌い。
ミチタカなんて大嫌い。
ミチタカはいつもぐるりと女の子で彩られた城壁に囲まれていて、季節のイベントごとにケーキやクッキーを焼いても結局渡せなくて、零れ落ちた涙入りのお菓子たちは、すべて、喜んで食べてくれるテルの口の中に納まった。
「テルはミチタカみたいに女たらしじゃないし、優しくて、思いやりがあって、いつだってそばにいてくれて、守ってくれて」
言葉をさえぎるように骨がぼきぼきときしむほど抱きしめられ、危険生物は噛み付くようなキスをしかけてきた。
魚のような舌で口内を悪戯に縦横無尽に蹂躙される。
毒がまわり、脳髄がしびれ、酸欠になり、足腰が震え、立っていることさえも困難になる。
ようやく開放されて、いやというほどみつめられて、髪をふんわりと撫でられた。
「黙れ、馬鹿、ユイカ」、ミチタカの腰にくるような囁き声にまたうるさく奏でるマイハート。
赤ちゃんにするようなくすぐったいキスが頬に落とされ、ミチタカの胸に顔をおしつけられるように胸元にゆっくりと引き寄せられた。
「馬鹿なのはミチタカの方じゃない」
「俺が?」
「ぜんぜんわかってない」
「わかんねえよ。バレンタインも誕生日もテルにだけ、俺にはなにひとつよこさないくせに」
顔を上げると、泣きそうになっている子猫のミー君がいた。
私はぎゅっとミチタカに抱きついていた。
「死ぬほどもらってるくせに。私のなんかいらないじゃない」
「いるに決まってるだろ。他の女といくらつきあっても満たされない。何人もいらないんだよ、俺はお前だけでいい」
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てれや、つんでれ、恥かしがりや同士が恋におちるとどうなるか?
そのこたえは、何も、起こらない。
素直になるのが一番!
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