ラストなのであろう。

あまりの美しさと見事さに歓声をあげ、手をたたく。


天空ばかり見ていたせいか、首が疲れてかすかに痛むようになってきた。


なげやりに思えるほど、乱れうちのように舞い上がった連続の花火が夜空に大きく広がってやがて消え去っていく。


火薬のにおいの中、汗ばむ浴衣の背中にリョウマの腕がまわされた。


「く、るしいよ」


「こうしてないと、空の神様にレイラがもっていかれそうだから。俺、どうかしてる、花火にまで嫉妬してる」


息もできないくらい強く抱きしめられ、下駄の分、また彼よりもさらに背が高くなってしまったのが嫌で少しかがみこむ。


見つめ合って、キスできるくらいまで接近していることに気づき、急に恥ずかしくなり、顔をそむけるようなまねをしてしまった。


「嫌なの?」


リョウマは私の顎をつかみ怒ったように早口になる。


「違うけど」


ここでは嫌だ。


恋人と呼べる存在は、リョウマが初めてで、キスもこんなふうな胸がざわめくほどの抱擁にもまだ慣れていない。


暗闇だといってもまだ大勢の人がいるのだ。


あわてて、リョウマの胸に手をつき、そこから逃げ出そうとした。


「誰かに見られる」


「いいよ、別にかまわない」


「やだっ、みっともない」


リョウマは傷ついたようにぱっと、拘束をといた。


夏なのに離されたあたりがスーッと冷たくなり寂しく感じた。


「みっともない?……俺とレイラじゃふつりあいだから?」


「そんなこと言ってないよ」


「……レイラはやっぱりヒイラギとつきあえばよかったんじゃないか」


「なんで、突然ヒイラギ?友達同士で私たちはバスケ仲間じゃない」


「友達だと思ってるのはレイラのほうだけだよ。……あいつなら背だって185くらいあるし、頭も顔もいいし」


聞いたこともないような冷たい声で低く呟く。


暗闇でリョウマの表情がよくみえない。


リョウマは私の腕を取り、手を繋ぎ、強引に歩き出そうとする。


私は彼の苛立ちの原因を見つけられずに、困惑し、怖くなり、つながれた手をふりはらっていた。


「……わかったよ、勝手にしろよ、俺、帰るな」


名前を呼んでも彼はふりむきもせずに一人で行ってしまった。


何が悪かったのか。


こんなときはどうしたらいいのだろうか。


スポーツと勉強三昧の日々では恋愛上手になれるわけもない。


リョウマを好きだという気持ちをうまく伝えることができない。


ただでさえ方向音痴なのに夜の闇のせいでよけいにここがどこだかわからず、心細くなってしまった。


いくあてもなくそこに立ち止まっていた。


「……あれっ、やっぱり、レイラか。何やってんの?リョウマ一緒じゃないのか?」


スニーカーを履いたすらりと伸びたシルエットを見上げると、大学のサークル仲間のヒイラギがいた。


「……置いてかれた。喧嘩なのかなあれって」


そう言いながら鼻の奥がツンとして、我慢できずにぷあっと涙が流れ出てきた。


「はあ?……ちょっと、おまえっ、どうしたんだ、なんで泣いてんの?リョウマになんか言われたのか」


普段クールなひいらぎが慌てているのは珍しい。


それだけ迷惑をかけているのだと思い、もうみっともなくこれ以上泣かないように唇をぎゅっとかみ締めた。


「……ヒイラギとつきあえばいいだろうって、突き放されて……」


涙は止まらず、こどものように泣きじゃくっている情けない私を見て、ヒイラギがため息をつき、少し笑った。


「馬鹿か、あいつは。でも、そんなふうにレイラのこと泣かすんだったら、遠慮なく、俺、お前、引き取るけど?」


「えっ……」


「冗談じゃなくて本気」


ヒイラギは結い上げた私の頭に軽くぽんと手をのせて、もういちど笑いかけた。


もう夜遅いからと近くの駅まで送ってもらうと、私とヒイラギをみつけたリョウマがふてくされたように改札口のところで待っていた。


「心配する必要なかったみたいだな。やっぱり、ヒイラギといるじゃないか」


「お前、こんな時間に女の子置き去りにすんなよな。誤解しないように念のため言っておくけど、たまたま通りかかっただけで、リョウマが考えてるようなことはなにもないからな」


「そうかよ」


ヒイラギはリョウマの肩をぐいっと押すようにした。


「レイラのこと、ちゃんとつかまえておけよな」


★★


リョウマからのメールも電話も途切れ途切れになっていた。


あたりさわりのない会話でもメールの返事があれば幸せだった。


一度だけ勇気を出してこちらからデートの誘いをしてみたが、用事があると断られた。


拒絶が怖くて自分からは何もできず、ただ携帯をながめてすごす。


それでもキャンパスのあちらこちらでリョウマの姿をみつけるだけで、寂しいという気持ちは薄れていった。


彼が元気で彼が楽しそうで彼が充実した毎日を送っているのであればそれだけで十分だと思った。




「ちょっと、あれ、なによ、レイラ知ってたの?」


隣に座っていた友達のアヤが声を荒げている。


学食を出て行こうとしていたのは、リョウマと確か英文科のヨシノさんの二人である。


楽しそうなリョウマを見て嬉しく思ったが、あのような表情は自分には一度も見せてくれたことがないことに気づいて悲しくなった。


「知らない。……でも、二人似合うよね」


私もヨシノさんやアニメ映画のポニョのように瓶に入ってしまうくらいかわいいサイズの女だったら、お姫様だっこをしてもらったり、リョウマにたくさん愛されていたのだろうか。


リョウマといるときは、すこしでも背が低く見えるように、低い靴を履いて、すこしだけ身をかがめて歩いていたりもした。


ヨシノさんのようなシンデレラのようなハイヒールを履こうものなら、180cm近くの身長になってしまう。


★★


背筋をピンと伸ばして思う存分ゴールに向かってジャンプする。


爽快である。


本当の自分自身になれる気がして楽しくて心が弾んでいくのがわかる。


得点を入れてガッツポーズをしていたら、笑顔で拍手をしてくれたリョウマと目が合う。



休憩タイムにリョウマにタオルを渡された。


「やっぱ、お前、かっこいいな」


汗をふいていると彼の香りがして嬉しくなりどきどきしてしまった。


「かっこいい?なんか嬉しいかも。かわいくはないけどね、私」


「かわいいよ。自然にしてるときのほうがもっとね」


空耳ではない、今確かにかわいいと言われた。


「ありがと」


ぎくしゃくせずに普通に話せることが奇跡のように思えた。


「……なんか、悪かったな、連絡もしないで。レイラみてると劣等感のかたまりみたいな情けないやつになるんだよ。俺じゃだめなんだとか」


「どうしてそんなこと、リョウマは優しくて、スポーツもできて、賢くて、みんなに親切で、誰よりもかっこいいじゃない。……私のほうこそ、リョウマとぜんぜんつりあわない。もっと背ちっちゃくてかわいかったらとか、素直だったらとか、恋愛経験もないしどうしていいかわからなくなって、嫌われることばっかりしでかして」


「背?もしかして気にしてたとか?いつだったかな、ほら、服買いに行ったとき、店員さんに、彼女さんモデルさんみたいで素敵ですね、っていわれたことあったよな。俺、すげえ、誇らしくて、もっと自慢の彼女になったんだよ。だから、ヒールでもなんでもはいてきてくれていいから。レイラはそのまんまでも十分いい女だけど」


「ほんとに?ヨシノさんみたいじゃなくてもいい?」


「ヨシノ?なんで今、あいつ?」


「だって、この間、学食でなかよくしてたから」


「そう見えたのか。ヨシノはただの友達だし。俺のタイプっていうか、好きなのはレイラだけ。……それから、過去の恋愛経験なんてゼロでいい。俺が全部はじめてでいい」


「……うん……」


嬉しい時の涙は初めてかもしれない。


ぽろぽろと雨のしずくのように零れ落ちる涙がリョウマのタオルに吸い取られていく。


嬉しいことも悲しいこともどんなことも二人で共有していきたい。


「お前、泣き虫」


★★


「嘘?やだあ、降ろして」


「だめ。振り落とされたくなかったら、ちゃんとつかまってな」


「重いでしょ?」


「軽すぎる。もっと飯食え」


初旅行の小さなお城のようなペンションの入り口から屋内までお姫様のように横抱きにされていた。



短所だと自分が思っている部分を、実は相手は全く気にしていないことが多いものである。


自分の隠したい・自信のない部分を相手が好きだと言ってくれたり、愛してくれたら、これほど嬉しいことがあるだろうか。


あれこれと心悩ますことよりも、ただひたすら相手を愛することだけを考えよう。


どうしたら相手を幸せにしてあげることができるか。


どうしたら二人楽しくすごすことができるだろうかと。


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