「持ってるとつらいから捨てちゃおうかと思ったんだけど、これ、あまりにも綺麗で。物には罪がないから」


その客はふんわりと笑い、愛しそうに手のひらにのせた、獅子をデザインした12星座の指輪を俺に返そうとする。

確かに俺がてがけた作品であった。

オーダーした男の照れたような顔を思い出す。

"彼女に贈ろうと思って…"


「返品?」


「ふられたの、それくれた男に。出張から帰ってきて、お土産渡そうと思って彼のうちに行ったら、女連れ込んでた。裸でね、お尻丸出しで訴えるわけ。浮気じゃなくて、本気だって、仕事ばっかりしてるお前より彼女のほうがいいって。もう言葉なんかでてこなかった。こおりつくっていうか、しゃべる機能停止みたいになっちゃって…やだな、私。なに長々と語ってるんだろう。…この指輪見てるとやりきれなくなって…箱に印刷されてた店の名みてここに来ちゃった」


「いいよ。ほらっ、貸してみな」

俺はそのリングを女から受け取り、ズボンのポケットに入れた。


この指輪には、恋の終わり、とでも名づけようか。

売れないだろうと俺はひそかに笑った。


「今、笑った?可笑しいかな、そうだよね。…それにね、私、本当は獅子座じゃなくて水瓶座なんだけど。彼って適当だよね。すべてがそんな感じなの」

女は笑いながら、そして、泣いていた。


★★

「どうしたのリュウキ。なんか他の事考えてるでしょ」

動きを止めた俺に焦れたのか、年上の甘えたがりの彼女は、からみつくように催促してくる。


「なんでもねーよ」

荒くなっていく彼女の息遣いが俺を煽り、昼間にやって来た女の残像を押しやった。


閉店間際に水瓶座の女、カナンが俺の彫金店舗兼工房にやってくるようになった。

ガラスケースに並んでいるシルバーアクセサリーを熱心にみてまわる。


「これ、かっこいい。作ってみたいなあ」

「教室もやってる。よかったらやってみる?」

「不器用だからできるかな」

「なんとかなるだろ」


「そういえば最初の男は何でもできる人だったけどすごく冷たい男だった。血なんかたぶん青いんじゃないかって。ガミラスのデスラー総統みたい。あれっ、あの人は敵だけど悪役でもないか」


カナンの話はとりとめがない。

宇宙戦艦の話から、キャプテンハ―ロックとクイーンエメラルダスについて語っているかとおもえば、いつのまにかアインシュタインの宇宙話になっていたりする。


脱線したまま話題が戻ってこないこともたびたびあったが、俺は彼女との奇妙な対話を楽しんでいた。


「だから優しい男が好きなんだろ?」


「そうだよ。浮気男も嫌いだし、誕生日覚えてくれない男もだめよね。仕事ばっかりしてんなよとかいう男もやだな。男とのことが人生のすべてだなんてかわいいこと思えそうにもないしさ」


「男と別れるたびに条件が厳しくなるわけだ。優しくて、誠実で、仕事に理解があって…」


「そうね。タイプっていうより、恋愛するたびに傷つきたくないっていうか。こんな男はお断りって看板出しちゃってるんだね」

「カナンを手に入れるにはハードルいくつも超えなきゃだめなわけだな」



店に入ってきたのは、引きつったような顔をしている彼女であった。

「…リュウキ、話があるんだけど」

「何?」

彼女は無言でカナンを見る。

「あっ、ごめんね。私邪魔だね。帰るね」


カナンが去っていくと、彼女が勢いよく俺の胸にしがみつくように体を寄せてきた。


「どうした?話ってなんだ?」

「…別にない。嘘だから。だって、あの子、また来てたから。…なんかリュウキ取られちゃいそうで、嫌だったの。あの子出版社に勤めてるんでしょ?この店取材にきてるわけじゃないんだよね。仕事でもないのに、なんで入り浸ってるの?…ねえ、ご飯作るから今夜うちに来て。いいでしょう?」


返された獅子座の指輪が俺を惑わせるのか、カナンのつけている香水の香りがまだ店内に残っていたせいなのか。


ほんとうにあれは心変わりのアイテムなのかもしれないと、微かに苛立つ心に戸惑いながら、やんわりと彼女をおしやった。


「悪いな。急ぎの仕事がはいってるんだ」

なるべく冷たい言い方にならないようにしてみたが、彼女はひどく傷ついたように顔を強張らせた。


「あの子が好きなの?」

「わからない、でも、気になる」

「嫌だ嫌…」


店の中だというのに、誰かがくるかもしれないという状況にもかかわらず、彼女は俺に抱きつき、そこにまだ愛があるのか必死で探ろうとしていた。


いっこうに昂らない俺に愛想がつきたのか、さらに狂気のように唇を震わせ、切れてしまいそうなほど唇を噛み、泣きながら店を出て行ってしまった。


俺のせいで傷つけた。

彼女はなにも悪くない。

★★


あれきり彼女もカナンも俺の店にやってくることはなかった。

二兎のうさぎはことわざどおり去ってしまった。


仕事に没頭しているうちにいつのまにか時は流れ、今年もまたチョコレート会社が儲かる季節になっていた。


「…カナン?」

白い雪のようなコートをまとったカナンであった。

男の子みたいだったショートヘアを伸ばしたのか、髪形が変わっていた。


「元気だった?はい、これ。甘いの嫌いでも食べてね、あっ、こんなことしたら、また、彼女さんににらまれちゃうかな?」


宝石箱のような箱にはいったチョコレートを一粒、唖然としている俺の口にいれた。

カナンもにっこり笑って、甘い菓子を口の中にいれた。


ピンク色の舌が覗いているのがやけに色っぽい。


お互いの距離が近いことに改めて気づいた。

俺は思わずカナンの頬に指先で触れていた。


「カナン」

名を呼ぶとカナンは首を小さく横にふり、後ずさる。


「もうひとつ条件、付け加えないと。彼女がいる人は好きになってはいけない。それなのに、また、来ちゃった。今日は私の誕生日だから許して」


「…もういないから、彼女」


逃げられないように、カナンの腰をぎゅっと掴んで引き寄せた。


ためらいがちに俺の手の上にそっと重なるカナンの指から甘いにおいがした。


この左手の薬指に今度こそ間違えないようにAquariusを贈ってあげよう。



傷ついてもいいではないか。


傷つくのを恐れて恋の醍醐味を知らぬままでいるのは寂しいことなのではないだろうか。

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