「これ、いる?さっきも同じのが出た。よかったらひとつどうぞ」


小銭を入れて、ガシャガシャと勢いよくまわしていたら、すぐ近くで声がした。


お洒落なカットソーがよく似合っているジーンズ姿の男性があまりに爽やかだったから、彼が手にしていた、プラグスーツ姿の青い髪の少女が入っているらしいカプセルを、思わず受けとってしまった。


ここは、家電量販店の三階にあるカプセルトイがずらりと並んだコーナーである。


週末の会社帰りによく行く私のお気に入りの癒されるスポットでもある。


300円くらいで、いくらでもファンタジーな世界に突入できるのである。


金曜日の夜だというのに、デートの約束などあるわけもなく、今日もここに足を運んでしまった。


「うわあ、こ・・・これ、スーパーレアだったりする奴ですよね?」

私は大声を上げてはしゃいでしまっていた。


「そうなんだ?俺、全然詳しくないから。・・・今君が手にしてるのは何?」

「これ?RPGに出てくる主人公」


私は、先ほどガチャガチャとまわしてゲットした、金髪の青年が大きな剣を持っているfigure入りの物を彼に差し出した。


目の前にいる男性とこの私が愛してやまないゲームのキャラと雰囲気がどことなく似ているのではないかと思った。


「へえ、よくできてるな。かっこいいね、この剣」

「ああ、これはおそらく、覇王の剣かな?」


彼が興味深そうに私の話を聞いてくれるので、私はここぞとばかりにオタクとしての知識を彼に披露していた。


しゃべりすぎたかと反省したが、キャラのようなブロンドではないがサラサラとした薄茶色の髪を揺らし、手のひらにのせたfigureをいろいろな角度からながめながら、彼は子どものように楽しそうに笑っている。


「俺も今度そのゲームやってみようかな」


もう少しだけでいい、一緒にいたい、話をしてみたい。


"あなたのお名前は?"と訊いて見たくなり、いつの時代の台詞だと、心の中で自分に突っ込みをいれ、苦笑いになった。


「カオル君、お待たせ」


ぴったりの名であると思った。


手触りのよさそうな黒のチュニックワンピースと白のスパッツを合わせた軽快な装いをした女性がやってきたではないか。


肩のあたりで切りそろえられた黒髪が日本人形を彷彿させる。

彼よりもずっと年上のようであるが、とても綺麗な人だ。


カオルと呼ばれた男性は私に軽く手を振り、お人形さんとともに行ってしまった。


二人を見送りながら、あのお人形さんにもカプセルをあげるのだろうと思うと、鼻の奥がつんとして、すこしだけ感傷的な気分になった。


現実はこんなものである。

ロマンスの神様などやはりどこにもいないのだろう。


仕事や趣味を充実させることで恋人のいない寂しさをごまかし続けてきたのかもしれない。


数年前の失恋を引きずっているのは私のほうだけだった。

結婚なんて興味がないと言って私を捨てた彼が最近人生の伴侶を見つけたという。


恋愛よりもおもしろいものを探そうと、以前から好きだったアニメや映画やネットの中の幻想的な世界へとより深く飛び込んでみた。

そのおかげか、仕事のほうでもほんのすこし昇進することができて、サークル友達も趣味について語ることができる仲間もいつのまにかたくさんできた。


でも、何かが足りない。


何かほかのことでも始めようか。

目的があればこの空虚感も埋めることができるのではないだろうか。


一眼レフのカメラを試してみたり、新しいPCをひやかしてみたりしていた。


五階に上がり、小さな店でサンドイッチとコーヒーをオーダーした。


さきほど商品をもらってきたばかりの機種変更した携帯電話のストラップとして、カオルがくれた儚げに微笑む戦闘服の美少女をつけてみた。


あなたは何のために、誰を守るために戦うの?


守りたい人も守ってくれる人も、愛したい人も愛してくれる人も、私にはいない。


もうあんなにひどい痛みを感じるのが怖くて、自分が傷つく事を恐れて一歩も前に進めない。


胸にぽっかりとあいた穴は修復もされずにますます大きく広がっていくようだった。


★★

あれからもう何週間が過ぎたのだろうか。


またここに来てしまった。

数人の客がいるだけで、当然ながら今週も彼の姿はなかった。


突然、膝が、がくがくするような仕事の疲れを感じていた。

無意識に今度こそカオルに会えるかもしれないと期待していたのだろうか。


”カツラギ、毎週毎週そんなに急いでデートか?”とからかわれてまで同僚たちの食事の誘いを断った私は滑稽であると思った。


せっかく来たのだからと、適当な機種を選んで小銭を入れてガシャッとまわして遊んでいた。


ピンク色の髪のくノ一がクナイを持って戦いのポーズをとっている。


ヒロインたちは強くてけなげで美しく、己の信念に向かって恐れずただ前進するのみである。

私もそんなふうになれるのだろうか。


すぐに家に帰るのはなんとなく寂しくて、この店のすぐそばにある、これまたお気に入りの美味しいコンソメスープを出してくれるカフェに入った。


食事を終えて、ワインを飲みながら、携帯電話につけたブルーとピンクの髪の少女たちをぼんやりとながめていたら、頭上で声がした。


「そのピンクの髪の子は誰?」


デザートを運んできてくれたモノトーンの制服を着た店員をあわてて見上げた。


バクバクうるさい心臓がどくどくと体中に血液をいきわたらせているのだろうか。


漫画のようにボッと顔が赤くなるのがわかった。


カオルが静かに笑っていた。


「えっ、以前からここで働いてたの?私、結構通ってると思うんだけど、初めてみたような・・」


「うん、いつもは厨房にいる。コンソメは俺が作ってるんだ。たまにホールもやるんだよ。いつかオーナーシェフになりたくて、毎日修行だね」


どんなにゆっくりと食べたところで小さなケーキはすぐに口の中に消えていくのだ。


私は立ち上がり、仕事中のカオルに視線を向け、レジまで歩いた。

お釣りを受け取った時に指先が触れ合った。


「また、来てね」


社交辞令だということはわかっていたが、カオルの裏も表もなさそうな口元に浮かんだ笑顔を見ていると、わけもわからずときめいてしまうのである。


たった二度会った人なのに好きになってしまったというのだろうか。

★★


仕事中なのであるから当然なのだが、カオルは、客と店員という立場を崩すことはなかった。


あたりさわりのない会話をくりかえしているだけで、なんの発展もなかった。


それどころかそもそも私には興味がないのかもしれないのである。

実りのない恋なのだと思うと悲しくなり、心が痛くなることもあった。


でも、一目でいい、見るだけで、声を聞けるだけでいいと思い、会いにいくことをやめることができなかった。


こうして、毎週のようにカオルが勤める店に通うようになり、もっとちゃんと話をしてみたいという思いがつのる。


迷惑だとおもいつつも、勇気を出して、雑に積み上げられたビールケースやゴミ箱などが置かれている薄暗い店の裏口で、閉店時間後にカオルを待っていた。


立っている私を見て、私服姿のカオルは驚いていたが、すぐに、あのいつものやさしい笑顔になって私を見てくれた。


「ずっと待っててくれたの?」


頷いてはみたが一体何を言えばいいのかわからなくなりしどろもどろになっていた。


「ごめん。一緒にいたくて、話、してみたくて、好きになっちゃって、・・なんかストーカーみたいで、変だよね。仕事で疲れてるのに、勝手にこんなところで待ってるなんて。ほんとどうかしてる・・」


カオルはパニックになってる私の肩をそっとたたき、「待っててくれるなんて嬉しいよ、でも、俺、君にそんな風に思ってもらえるような男じゃないぞ、きっと」


カオルは無言でついておいでとばかりにゆっくりと歩き出した。

私もあわててその後に続いた。


「どこかの店で酒でも飲む?それとも・・・俺のうちにくる?」


いつもと違う少し怒ったような彼の口調に微かにおびえたが、二人きりになりたいとそう思った。


伸ばされた彼の手に自分の指をのせた。


手をつないだまま、タクシーを待っていると、あの人形みたいな女性がやってきた。


「カオル君。どこに行くの?このところ冷たい返事ばかりしてくると思ったら・・」

「すみません。もう俺にそんな気はありません。勝手ですが、終わりにしてください、オーナー」


「そんな強気なこと言っちゃっていいの?店出したいんじゃないの?」

「自分で稼いだ金でがんばるつもりです」


「馬鹿みたい。どうしちゃったの?あんなに打算的だったあなたが」

「どうもしてません」


「この子がいいわけ?この子があなたに何かしてくれるの?」

「何かしてくれるから人を好きになるわけじゃない」


彼女はふんと鼻をならし、私を哀れむように見つめて、ため息をついた。


「あなたもカオル君に囚われちゃった?抱いてはくれるけど、決して愛してくれるわけじゃないわ」


愛してくれなくてもいい。

愛したいだけだ。

それ以上何も望まない。


★★

今夜は新月なのか。


漆黒の夜にふさわしい、モノトーンで統一された彼の部屋の明かりが落とされた。


痛いほど抱きしめられ、重なる唇が息苦しくなって逃げようとする私の頭を、カオルの大きな手によってしっかりと捕らえられた。


「ごめん、俺、余裕ないみたい。何するかわかんない。初めて女の子とすごしてる男みたいになってる」


私を欲しいと、求められているのだと思うと、体中が甘く熱く震えた。



指一本動かすこともできないほど深く激しく愛された。


目を閉じカオルに寄り添うようにしていた私の髪をなで、さらに夢心地にさせられる。


「あの日、がちゃがちゃしてたのは偶然でもなんでもないんだ」

「うん?」

こんなに自分の声が甘すぎるのはカオルのせいだと思うと、カーッと頬が再び熱を持ち始める。


「うちの店の常連さんだっていうことも知ってたし。あの日、携帯売り場にいただろ?俺も隣で機種変更してたんだ。でさ、君が、三階に行ってしまったものだから、俺も後をつけて・・・ストーカーなのは俺のほうなんだ。ずっと前から気になってた。でも、俺、一人で生きてきたせいか、愛し方とかわからなくて、つきあってもすぐに相手に飽きられてしまうんだ。もう面倒になって、オーナーに飼われたような暮らしをしてた。だから、君を好きになる資格なんてないと思ってた。でも、今日、待っててくれてた君をみてたら、嬉しくて、もう一度誰かを信じてみたいと思った」


カオルはベッドの下に置いておいたらしいバックから黒い携帯電話を取り出した。


「ほら、これ、こっそりおそろいにしたんだ、君と」


私のものと色違いの携帯を私に見せてくれる。


悪戯っぽく笑う瞳の横で携帯につけた青い髪の少女のストラップが揺れていた。


怖がってたらあけられない次の恋の扉。

もう恋なんてしたくない?

じゃあ、愛されることも放棄するってこと?

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