モテカワ服に愛され上手?、プッと吹き出し、どれもこれも今の自分には無縁であると、観ていたTVのスイッチを切る。
唯一贅沢だと感じるが大好きなフローラルの香水をしゅっと首筋にふりかける。
この春一人暮らしになった家に鍵をかける。
華やかではないが大切に手入れしているのでそれなりにきちんとした服装で仕事にでかけることができた。
いつもの朝に、見慣れた街の風景、初夏の風の匂い、遊歩道に散った花びらの中を優雅に歩く猫、足早に歩くミハルがたてるヒールの音。
そして時々この時間にすれ違う男、今朝も、ennui。
仕立てのよさそうな服をみにつけているのに、だるそうな、倦怠感を身にまとっている男は、なにがそんなにめんどうなのだろうかと思うほど、だらだらとした足取りで歩いている。
そのくせ、その瞳には挑戦的な光を宿し、朝には不似合いな惑わすような流し目をミハルに向け、言葉を交わすわけでもなく、二人はすれ違う。
ミハルは射抜かれるような熱い視線にくらくらとしながらも今日もやっと一日が始まり、頑張れと励まされているような気持ちになるのである。
父も母も続けて空の向こうに行ってしまい、どうしていいのかわからず途方にくれていた。
精一杯働くことしかできず恋する余裕もなかった孤独だった心が潤ったような気がしていた。
彼の姿をみているだけで世界は煌くものとなっていった。
★★
かすかに花の香りを残して、今日も彼女はムカイの横を足早に通りすぎていく。
軽快な足取りで颯爽と歩く彼女が眩しかった。
家の塀でまどろんでいる猫をにこやかにながめている彼女を見るのが好きだった。
手入れのされた庭に咲く綺麗な花にしばし足を止めて見惚れている彼女に魅入られた。
話もしたことがないのに、いつのまにか、彼女への想いが自分の胸に住みついていると気づいた。
彼女が、彼女だけが欲しい、と思う気持ちが日に日に強くなっていく。
だが、ズボンのポケットの中に手を突っ込んだら、無造作に入れられた数枚の紙幣に触れ、ムカイは靴で地面を蹴り、舌打ちをする。
仕事の後、女と欲望だけの怠惰な時間を過ごし朝帰りをする自分と、仕事にでかけるのであろう彼女、清潔な彼女のたたずまいに比べ、今の己の腐りきった生活を思うとムカイは恥ずかしくなってくる。
こんな金に釣られて、もうとっくに好きでもなんでもない女の相手をしている自分に情けなくなる。
金持ちの旦那を持つ年上の女は、男を甘やかすのが好きらしく、あれこれとムカイに世話をやき、何かと服や装飾品などの物をくれるようになった。
ムカイが勤める駅前のバーの常連客だった女と付き合いだした当初は、ムカイもそれなりに女に対して愛情めいたものはあったのだが、相手にとって自分は暇つぶし程度の玩具にすぎないのだと自覚してから、急速にさめた。
”仕方ないじゃない、夫が仕事ばっかりでかまってくれないんだもの、毎日退屈で死にそうになる・・・ねえ、何か欲しいものある?欲しいものないなら、お金あげるわ”、離れていこうとするムカイをひきとめようと必死だった。
露出の多い服装をした身体をすりつけるようにして、ますます生産性のない泥沼へとムカイを誘いこんだ。
金で買われ、束の間の快楽を女に提供するという関係が続いた。
このままでいいわけがない、あの女と会うのはもうやめよう、店もやめておもいきってかねてから計画していた業界に転職をしよう。
ムカイは後ろを振り返り、小さくなっていくミハルをみつめていた。
★★
面接会場を出ると、大きく息を吐いた。
柔らかな風がムカイの髪を揺らし、自然と口に笑みが浮かぶ。
自分の受け答えに満足していたし、十分印象を残せることができたのではないかと手ごたえを感じていた。
どうやら本を読みながらいつのまにか居眠りしていたらしい。
駅のホームに電車が到着した事にも気づかないくらいだった。
ムカイはアナウンスに驚き、あわてて下車した。
ホームを歩いていると、後ろから肩を叩かれた。
振り向くと、「あのこれ、落ちてましたよ」と、ギターを背中に背負っている学生風の男に、文庫本を差し出された。
ムカイは礼を言う。
男の隣りに立っていたスーツ姿の女性の横顔を見て、声を上げそうになった。
目が合った、彼女、である。
彼女もムカイに気づき、目を丸くしていたが、やがて照れたような顔をして軽くお辞儀をした。
「何?二人は知り合い?」
男はおもしろそうだとばかり、好奇心丸出しで訊いてくるものの、どこか棘があるようだとムカイは感じた。
「知り合いっていうか、朝、よく、おみかけするっていうか・・・」
楽しそうに笑うミハルに背中を押されるように、ムカイはいつになく饒舌になってしまい、軽く自己紹介までしてしまった。
帰る方向は同じなのである。そのまま三人で遊歩道を歩きながら、あそこのラーメン屋はうまいだの、週末のカフェのメニューは最高だとか、ご近所らしい会話で盛り上がった。
楽しく短い時間はあっという間に過ぎていく。
男とミハルは「じゃあね、ムカイさん」と軽く手を振り、マンションのエントランスに消えていった。
やはり彼氏なのだろうか、ああいう年下っぽいのが趣味なのかと、ムカイは酷く落胆し、ため息をついていた。
★★
猫も彼氏ができたのかカップルでよりそっているではないか。
ミハルは苦笑し、花の香りの中を歩いていた。
何か物足りないのはなぜだろうか。
最近ムカイと遭遇することがなくなったからであろうか。
寂しい気持ちがしていた。
駅で偶然出会った時はわずかながらでもムカイと触れ合うことができて嬉しかったのである。
いつになくミハルにしては派手めのパステルカラーのシャツを合わせてみたのは、もしかしたら、ムカイに会えるかもしれないと期待していたからかもしれない。
ゆっくりと歩いてみたが、駅までの道はすぐなのである。
今朝もムカイに会うことはなかった。
ため息をついたら幸せが逃げるというが本当かもしれない。
何か気分でも悪くさせたのだろうか、避けられる理由があったのだろうか。
たまにはモテモテになるような服を着て、愛され体質になる本でも読んでみようかと苦笑いを浮かべてみた。
★★
ありがたいことに会社に採用され、慣れぬ仕事に戸惑うことも多かったが、それでも女との日々よりも充実しているようにムカイには思えた。
何事もあきらめなければ何とかなるのではないかとムカイは思う。
しかし、恋愛だけはそうはいかないのかもしれないと感じている。
ミハルはどうしているだろうか。
生活が変わり、早朝に出かけている。
時間がずれたため彼女の顔をみることはできなくなっていた。
こうやって時間の経過とともに彼女を忘れることができるのかもしれない。
忘れなければならないのだろうか。
胸を締め付けられるような鋭い苦しみをともなう心の痛みを感じた。
彼女が今、あのギターの男と幸せであるのなら、自分の気持ちを押し付けて彼女を翻弄するような真似は慎むべきなのであろう。
オフィスの窓から流れる雲をぼんやりとみつめ、ふわりと笑う彼女を想う。
★★
週末にカフェの窓際の席に座ったミハルはせわしくなく行き交う人々をぼんやりとながめていた。
確かにムカイが言っていたように、口にいれたスープもハンバーグもサラダも美味しいものではあった。
一人ではなく二人ならもっと美味しいのかもしれないと残念に思った。
残り少ないアイスコーヒーを前にして、待っていたとしても来る保証はない。
会計を済ませ、出口に向かおうとしたら、入ってこようとするムカイがいた。
ムカイに会えた嬉しさでミハルは思わず、いつになく大胆になっていたのかもしれない。
ムカイの手を握りしめて、そこからひっぱるように外に出た。
「ここじゃなくて、飲みにでもいきましょう」
「ミ、ミハルさん、俺でいいの?、彼氏に怒られないの?」
「彼氏?そんな人いない」
「ギターの?」
ミハルは頷き、それまでの勢いをなくしてしまったかのようにあわてて手を離し、真っ赤になった。
「・・えっ、それって、弟のこと?すごい心配性な子で・・・」
自分の勘違いにヘナヘナと、力が抜けていく、大声で叫びたくなるとムカイは喉の奥で笑っていた。
「シスコン気味?」
「うん、そうなのかな・・・弟っていうか兄みたいで、姉貴は男にだまされそうだとかいうの、時々様子を見に大学の寮から実家に帰ってくるんだけど・・・」
「そっか。なんかわかるよ、弟君の気持ち。ミハルさん、純白って感じだもんな」
ミハルはしきりに恥ずかしそうに身をよじる。
「ムカイさん、なんだか雰囲気が変わったみたい」
「どんな風に?」
「・・・キラキラしてる・・・」
ムカイはひとしきり笑って、あらためて優しい顔になって、ミハルをみつめ、指を絡ませるようにして手をつなぐ。
ミハルはアッと小さく声をあげる。
「・・・緊張する・・でも、なんだか嬉しい、朝、みかけなくなっちゃったから」
必死で言葉をつなごうとするミハルがいじらしくて、ムカイまで緊張していた。
まるで初めて恋をしたような気持ちになった。
手をつないでいるだけだ。
キスも抱擁もそれ以上のことをしているわけでもないのに、どうしてこんなにまで胸が高鳴るのだろうか。
女の体など知りつくしているはずだと思っていたのに、触れ合っている指先だけで、こんな風に身体の奥から熱がわきあがってくるような気持ちになるのは初めてだった。
甘くて痺れるような感覚がムカイを襲うのである。
このトキメキが恋というものなのだとしたら、いままでのものは全部まやかしだったのかもしれない。
初恋ということになるなとムカイは思った。
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共に成長できるような恋がいい。
恋をすることで、あらたな自分を発見できて、何かにチャレンジできるような勇気をもらえたらいい。
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