みつめあって、頬や髪にさわられて、唇が触れ合って、息が上がって、余裕がなくなって、呼吸が止まるほど抱きしめられて、男の手に落ちていくその瞬間が好きだ。
優しく丁寧な愛などいらない。
激しくて、胸が高鳴り、身体の奥が疼くような、何もかも真っ白になるような交わりが欲しい。
私のことだけしか考えられないくらいに、もっともっと私を求めて欲しい。
「ねえ、好きにしていいよ、私はあなたのものだから、全部あげる」
私の媚態に、男は困ったように眉を寄せる。
苦痛なのか、甘美なのか、何かに耐えているような男の顔がよけいに情熱的に私を煽り立てるのだ。
ああ、いつまでもこうして愉快で淫らな夜に浸っていたい。
シャワーを浴び、素早く服を着込み、手早く化粧をする。
「もう帰るのか?」
鏡の中の男は私を放さないつもりなのか、後ろから抱きしめようと悪戦苦闘している。
男の湿った手が私の首に触れると、じわじわと不快な感覚に蝕まれていくような気がした。
これ以上男のそばにいたくないと思った。
なかなか落ちない男に苛立ち、それでも焦がれて願って縋って手に入れたこの男のことを、すでに疎ましいものであると感じ始めていた。
きっとこの男にももう用はないのだろう。
手に入れたとたん、すでに興味は他に移るのである。
私の心はいつまでも満たされず、すぐに朽ち果て、潤いをなくす。
私は男の手を無邪気さを装って振り払う。
「・・・もう、終わり。明日も仕事で早いの」
「送っていこうか?」
「大丈夫。タクシー乗るから」
椅子から立ち上がった私の肩をぐいっと押され、正面に向き合わされ、男の視線に射抜かれる。
「今度いつ会える?」
「・・・言ったじゃない。もう、終わり。次はない」
なぜそのような仕打ちをされるのかわからない男は驚き瞠り傷つき強張ったような顔をする。
その顔は悪くないと思った。
「最低だな、お前」
その声も好きだった。
私は苦笑し、男にひらひらと手をふり、ルームナンバーも覚えてないホテルの部屋を出た。
★★
営業先の会議室でぺこぺこと頭を下げ続ける後輩ミナミの顔がしだいに蒼白になっていく。
もってきたはずの資料はいくつか抜け落ちていたし、説明用のPCもたちあがらないという失態を演じてしまった。
このままではまずい。
完全に客の信用を失ってしまう。
もう独り立ちできるだろうと思い、後輩にまかせて確認作業を行った自分のミスだと思った。
「すみません。至急、問題を解決して、日をあらためてご説明させていただくという形でよろしいでしょうか?」
私はしどろもどろになっている後輩に代わって、腰を深く折り、丁寧に誤った。
相手はおもったよりもあっさりと了承してくれた。
社にもどり、すぐにPCを同期のレンジョウにみてもらい、後輩とともに資料を作り直した。
なんとか目安がついたころ、肩をぐるぐるとまわしていた。
「アサギリ先輩、今日は本当にすみませんでした」
いつもはアイロンをかけたてのようなびしっとしたスーツを着ている後輩のスカートは長く椅子に座り作業をつづけていたせいか、しわしわになってしまっている。
泣きはらしたような顔も美人度が下がってしまっている。
「最悪なことにはならなかったんだから、よかったよね。私のほうも悪かったね。確認もしないで・・・そうだ、コーヒー飲みたいよね、レンジョウにもいれてやって」
「アサギリ、俺はビールのほうがいいんだけど」
レンジョウはパソコンをぱたんと閉じ、業務終了ということなのだろう。
「それもそうだね。居酒屋にでも行こうか」
はいと嬉しそうに頷く後輩に心の中でエールを送る。
アルコールでいくらか生気を取り戻したミナミをタクシーに押し込んで、レンジョウとふたりで見送った。
「新人の頃思い出すな。アサギリは相変わらずドジで間抜けだな」
私は苦笑していた。
あいかわらず口が悪い男である。
「すいませんね。・・でも、今日は助かった。ありがとう」
「ああ。どうってことない。・・・タクシーこねえな」
この男がこんなふうにぶっきらぼうになるのは照れているということである。
「・・・彼女元気?」
言葉を紡いでからまだ胸のあたりがざわつくことに気づいた。
「あいつアサギリに言ってなかったのか。俺たち、とっくに別れたけど」
「えっ?そ・・そうなんだ。最近会ってないから、知らなかった」
アサギリと私の親友の破局を今知らされてあきらかに動揺している自分がいた。
がたがたと震えそうになる。
「お前はどうなんだよ。あいかわらずつまみぐい?自分が気に入ったら相手の気持ちはおかまいなしで、迫りまくり、手に入ったら冷めちまうんだろ?」
「まるで見てきたみたいね」
「否定しないのか?」
レンジョウは喉の奥で笑い、軽く、空を仰いだ。
「しない。その通りよ」
「楽しいのか、それ。恋愛っていうより、執着心だけで相手転がしてると、はじめから結末がみえちまうんじゃないか?相手にあきるか、相手に嫌がられるしかないだろ」
レンジョウのことだけで頭の中が一杯になっている状態になり、身動き取れなくなっていた頃、彼が親友に心奪われていると知ってしまった。
親友がレンジョウのことを心から嬉しそうに語っている姿を見たとき、いつものようになんとしてでもどんな手段を使っても、レンジョウにも私の事だけを考えて欲しいと要求することは、できなかった。
感じたのは諦めと喪失感だった。
相手を弄ぶだけの恋は私を成長させることもなく、荒れ果てた世界へといざなうだけだった。
愛するという意味がわからなくなり、すこしくらいタイプだというだけで、手当たり次第に獲物を追う自分の姿はどんなに着飾っても汚れ廃れ輝くことはなかった。
「だったら、レンジョウ、私とつきあってみる?楽しい恋愛ってやつ教えてよ」
「楽しいってのは、俺もお前も楽しいってことだろ。すくなくとも今のお前とつきあっても、俺は楽しくないだろうな」
「どうして?私がたくさん愛してあげるんだから、レンジョウだっていい気持ちになれるよ」
「お前なんにもわかってない。ミナミの気持ちはおもいやれたじゃないか。恋愛になるとお手上げか?」
私は一体何をしているのだろうか。
確かに自分の気持ちをわかってほしいと力説しているだけで、レンジョウのことをおもいやってるわけではない。
レンジョウのことを考えるのであれば、彼は私を欲してないのだから、それどころか、きっといい加減な付き合いをくりかえしているわたしを嫌悪しているわけであり、ここは潔く、身をひくことが正解ということになる。
それが相手が望むことを与えるということだ。
理屈ではわかっていた。
相手に押し付けるだけの感情が実を結ぶことはないのである。
★★
私はそれ以来、夜遊びをすることもなくなり、男の気持ちを弄んでいた醜い自分から逃れるように、仕事に没頭していた。
窓の方を見ていた、ミナミの歓声があがる。
ミナミにつられて、レンジョウがその景色に息を呑んでいる。
天女が舞いそうな日没の光景は美しく感動的だった。
まるで上質の絵画のようである。
ミナミとレンジョウと私は茜色に煌く空に心奪われていた。
時を共有しているのだと思った。
レンジョウのそばにいることだけで嬉しく思っている自分がいた。
目の奥が熱く痺れ、泣きそうになる。
これが本当の恋というものなのだろうか。
レンジョウがそこにいるだけで私の心は紅色を宿す。
それだけでいいのだと思った。
私はつくりものではない笑顔をレンジョウに向けていた。
レンジョウは優しく頬をゆるませてくれた。
→
相手が自分をどう思うか気になって
焦る心で自分の気持ちを押し付ける。
相手の気持ちは考えない。
これではうまくいくわけがない。
恋は相手をおもいやってこそ、実りあるものに育っていくのだ。
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