「あいつだけ幸せになるなんて。絶対呪ってやる」
ここは魔界か。
サークル仲間のカワサキがぶつぶつと呪詛を吐く。
カワサキをふった女性が最近他の男とつきあいはじめたのだという。
ふられたわりにはよく食べ、よく飲んでいる。
「呪う?うじうじしてるわね。その子がカワサキには萌えなかったっていうだけ。彼氏のほうがあんたより魅力的だったわけよ。次いけばいいじゃないの。なんならこの私がなぐさめてあげようか」
この飲み会には魔女までいるらしい。
カワサキは、泣きまねをして、隣りに座っている我が君ホンダ君に助けを求めている。
「俺なら、彼女の幸せを願ってやるかな。ふられたから不幸になればいいって思うのは、その程度しか好きじゃなかったってことじゃないのか」
そうなのかもしれない。
本気ではなかったということになるのかもしれない。
ホンダ君に愛されたら宇宙一幸せな女の子になることができそうだと思った。
「まったく、ホンダは綺麗ごとばっかり。お前、ふられたことないからそんなこというんだよ」
カワサキはホンダ君のグラスにドバドバとアルコールを継ぎ足している。
そんな科学反応をおこしそうな怪しい飲み物をホンダ君に飲ませようというのか。
「・・・俺だって、ふられたことくらいあるよ」
ホンダ君は記憶をたどるように、愛しそうに、一番奥の席で静かに飲んでいるやんごとなきスズキ姫をを見ていた。
カワサキはホンダ君の肩に腕をまわし、「あれはお前が好きだと自覚したらあいつにはすでに彼氏がいたってことだろ。まあ、失恋っていうほうが正しいんじゃね」と苦笑いをした。
目が散りそうな液体は結局ホンダ君の口に入ることはなく、お開きとなった。
「ほらあ、カワサキ。もう一軒行くよ」
魔女に連れられてほとんど抵抗も見せずにカワサキが行ってしまう。
カワサキもまんざらではなかったということか。
「速攻だな、あの二人」
楽しそうにホンダ君が笑っている。
いつまでも見ていたくなる柔らかな穏やかな表情は私を苦しいほど切なくさせる。
三年越しの片思いである。
生まれた赤ちゃんが年少さんとして入園できるくらいの月日である。
それなのに私は彼にとってサークル仲間、女友達のままである。
好きなもの、欲しいものはいくら待っていても手に入らないということだけは学習した。
何も仕掛けないのだから何の進展もないのは当然なのかもしれない。
ふられたらカッコ悪いとか、告白して傷ついたら立ち直れない、惨めな自分がかわいそう、どうせふられるなら告白しても無駄だろう、などと思っているから永遠に前には進めないのだろう。
それこそ本気ならこんなに好きにさせてくれてありがとうという意味で想いをつげてもいいのかもしれない。
「ホンダ君、姫のことまだ好き?」
「好きだよ」
即答だった。
予想通りなのに、思ったよりも胸に鋭い痛みを感じていた。
「・・・これって、告白する前にふられたのかな・・・」
「誰が誰にふられたって?」
「私がホンダ君に」
「・・・そうくるか。俺もそうだった。告白すら許されない。好きっていうか、くすぶったままっつうか。どこにもいけないんだよな。苦しいよな・・よかったら、さあ、どうぞ、お願いします」
ホンダ君は少しだけ笑ったがすぐに真剣な顔になってくれた
私はその優しさに覚悟をきめることにする。
「もう三年も片思い・・・好きです・・」
彼は微笑を浮かべ、答えに迷ったのか、少し考えてから、口を開いた。
「・・・ありがとう。・・・ずっと友達やってきたから、なんていっていいかわからないけど、これからもよろしくな」
この先も友達でいてくれということなのだろう。
告白したところで彼の気持ちが私にないことはわかっていたけれど、どこかで期待していたのだろう、思った以上に友達という言葉が突き刺さってくる。
耐え切れず、涙腺が決壊した。
涙が零れ落ちた。
これ以上困らせてはいけないのである。
泣き顔をみられないようにあわてて俯き、彼に背を向けた。
★★
何も変化がないというのは残酷なことなのだと思い知った。
ホンダ君が私の隣の席に座り講義を聴くことも、ノートの貸し借りも、なにひとつ変わらなかった。
急速に発展していくカワサキと魔女をからかったり、いつものカフェで趣味の音楽の話をしたり、突然降りだした雨のテニスコートでずぶ濡れになったお互いの姿に大笑いしたりする。
私の必死の告白は彼にとってはなかったことにして欲しいということなのだろう。
スズキ姫が彼氏と仲睦まじくおしゃべりしながら、私とホンダ君が談笑していたすぐ横を通り過ぎていく。
それまで笑っていたホンダ君は口を閉ざし、緊張したような硬い表情になって、姫たちとは逆方向に足早に歩き出した。
あわてて彼を追いかけるように小走りになってついていく。
その広い背中は近寄るなといわんばかりの孤独なオーラを出している。
キャンパスを抜け、坂道をたどり、駅へと続く道を歩き続ける。
改札を抜け、階段を駆け上がり、ホームの中央まで足を運ぶ。
アナウンス音にかき消されないようにいつもより大きな声を出していた。
「ホンダ君、私じゃだめ?」
彼ははっとしたように足を止めて、振り返った。
私の存在はそれまで忘れていたのかもしれない。
ホンダ君は驚いたように目を見開く。
逆に質問を返された。
「・・・カレンはどうして俺がいい?」
「そんなこと言われても・・ホンダ君以外の人なんて考えられない」
自分で言い放った言葉の意味をもう一度考えてみる。
彼の答えも同じということなのだろうか。
それならば、彼はこの先姫以外を愛することはないということになる。
このままいくら思いをぶつけたところで返ってくるものはなにもないということだ。
ホンダ君はホームに私を一人残し、私を見てくれることもなく、入ってきた電車に乗り込んだ。
★★
朝が来て夜がきて、かわりばえのしない時が流れていく。
ベンチで横になって雲を眺めているホンダ君もさすがに少し寒そうである。
私は読書する手を休め、トートバッグから自分のひざ掛けを出して、彼にかけてやる。
魔女とカワサキが面白そうに私を覗き込んでくる。
「カレンはけなげだよね。ホンダにノート貸してあげたり、お弁当つくってきてあげたり。なんでくっつかないの?」
くっつきたくても拒否される。
追えば追うほど遠ざかっていく。
ならばひけばいいのに、私はそれすらもできない。
彼にとっては好きでもなんでもない女にまとわりつかれているのは迷惑なことなのだろう。
でも、せめて、卒業するまでは、こうしてそばにいることを許して欲しいと思う。
カワサキはホンダ君の頬を軽くつねり、にやりと笑った。
「スズキたち、別れたらしいぞ」
私は手にしていた文庫本を落としていた。
ホンダ君が拳を丸め、ごくりと息を呑んだ。
こめかみに手をやり、なにやら考えているらしい。
やがて、携帯を取り出し、ボタンを押し、耳にあてている。
どこかにかけているらしい。
【俺、ホンダ、わかる?・・・唐突だけど、俺、お前のこと好きだった・・・友達?そうだよな。・・・ああ、気にしないでくれ、俺が言いたかっただけ・・・わるかったな、突然で・・・ああ、スズキもいい男みつけろよ。じゃあな】
魔女が私を見て、肩をぽんとたたき、泣きそうな顔で笑いかけてくる。
「・・・というわけでお前ら聴いてたよな?」
「ああ、しっかりスズキにふられたんだろ?」
カワサキはなにやら嬉しそうに、ホンダを羽交い絞めにしている。
ホンダ君は笑いながら、後ろからじゃれついているカワサキを引き離した。
座っていた私の腕を姫のように取り、立ち上がらせ、戸惑う私をまっすぐみつめると、ふんわりと優しく抱きしめてくれた。
何が起きているのかわからない。
彼の香りをこんなに近くで感じたのは初めてだった。
「かなり待たせてしまってごめん。でも、友達を恋人にするわけだ、不器用な俺には時間が必要だった。いままで冷たくしてごめん。・・・カレン、俺の彼女になってくれないか?」
私は悲鳴のような声をあげてしまった。
「・・・もう友達じゃなくていいの?」
「あきるほど友達やっただろ?もういいよな」
背後でぴゅーっと鋭い音がした。
カワサキがお得意の指笛を鳴らしたのだろうか。
どんな素敵な音楽よりも感動してしまったかもしれない。
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友達にしか思えない、ということなら、残念ながらお断りということなのかもしれない。
友達からはじめよう、ということなら、あきらめることもないのかもしれない。
親友が恋人になる、これは最強ではないだろうか。
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