「悪いけど帰ってくれない?友達きてんだけど。いきなり来るとか、ありえない」


ヒサシの言葉は相変わらず、容赦がない。


そろそろ上手に遊ぶということを学習すべきである。


「ごめん。連絡くれないから、心配になって。嫌われちゃったかもしれないって」


ヒサシの歴代の彼女の中でもこのタイプは珍しいかもしれない。


清楚で真面目そうな女の子だった。


「そういうのすごくウザい。嫌うも何もつきあってるわけじゃない。お前とは遊び、あの晩だけだって何度言ったらわかるんだよ。もう二度と来るな」


玄関から部屋に入ることも許されず立ち往生している彼女を一瞥して、ヒサシはさっさと奥の部屋に逃げ込んでしまった。


座り込んで、しくしくと泣き出す彼女の姿に、確かに、これはかなり面倒なタイプかもしれないと思ったが、短く切り添えた爪が清潔だったからなのか、昔つきあってた女にどことなく似ていたからなのか、俺はなんとなく声をかけていた。


「大丈夫?」


彼女は力なく頷き、俺をみつめ、笑うことに失敗したような表情を浮かべて、フラフラと立ち上がり、出て行ってしまった。


ドアがしまったとたん、ヒサシが俺にすまないとばかりに片手を挙げ、部屋から出てきた。


「わりいな。サエコの奴、しつこいんだよな。一晩だけだと俺は思ってたんだけど、俺が寝てる間にでも携帯みたんだろうな。次の日から、メールも電話も半端じゃないくらい来るようになった。あいつ、やばいよ」

「そっか。しかも、お前のタイプじゃないしな」


「そうだよな。・・・女と別れたばかりで飢えてたんだよ。だれでもよかったんだろうな。駅前の映画館あるだろ?あそこにさえこが立ってて、声かけたらすぐついてきた。ナンパなんかするんじゃなかった」


★★


改札口を出て、映画館の前を通り過ぎようとしたら、突然、女性に呼び止められた。


にこっと嬉しそうに笑いかけられて、まごついてしまった。


あの日泣いていたサエコとはやはりずいぶん雰囲気が違う。


ヒサシとのことはふっきれたのだろうか。


「あの、こんばんは。この間はみっともないとこみせちゃいました。あの、ありがとうございました。優しく声かけてもらって、本当に、嬉しかったんです・・・あの、お礼に食事でもどうですか?」


サエコは必死に言葉をつなぎ、真っ赤になってしまった。


「食事?そんな、俺はなにもしてない」


急な話の展開に正直ついていけない。


「あの、だったら、これ観に行きませんか?」


背後の、映画館に飾ってある看板と同じタイトルのチケットをバッグから取り出した。


ハリウッド系だろうか。


なかなかおもしろそうだ。


「いいけど、どうして、俺?」


「・・・ひとめぼれ・・したから・・」


サエコは小さな声でつぶやき、恥ずかしいのか両手で顔を覆ってしまった。


★★


喉が渇いて目をさましたら、隣りには、下着姿のサエコが寝息をたてて俺の胸に寄り添うように眠っている。


俺はうろたえた。


これではヒサシをせめることはできない。


映画を観て、飲みに行って、誘われるままサエコの部屋に行ったところまでは覚えていた。


そのあとのことは卑怯だとは思うが何も思い出せなかった。


不覚にもずいぶん飲んでしまったのだろう。


覚醒しはじめた理性がひどい罪悪感を生んだ。


まだ5時前であったが、もう眠れそうになかった。


鳥の囀りに起こされたのか、サエコが目をあけるなり、俺に抱きついてきた。


「嬉しい。マコトさん、大好き」


俺は苦笑していた。


つきはなすわけにもいかず、されるがままにしておいた。


「あのさ、昨日、俺・・君と?」


「・・私、迷惑かけないから。マコトさんの負担になるようなことしないから。時々こうやって遊びにきてくれればいいから」


サエコはますます俺にしがみついてきた。


このまま逃げるわけにはいかないだろうと覚悟を決めた。




その言葉通りに、俺がサエコのところに行くと、手の込んだ料理を振る舞ってくれ、似合いそうな服を見つけたといっては俺に着せたがる。


サエコは訊き上手というのだろうか、話しやすかった。


映画や音楽の趣味も合うようだった。


俺は、趣味のことやレアなスニーカーを集めてるだの、車が好きであちこちでかけるのが結構好きだのとたわいのない話もたくさんした。


どこかに食べに行くかと訊いても、お金かけなくていいからと首を横に振る。


ドライブに誘ってみても、まことさん仕事で疲れてるんだから、週末くらいゆっくりくつろいでというのだ。


気を遣われすぎて恐縮してしまうことも多くなった。


ただ、俺は、その気もないのに自分の欲望だけで女性を利用するような間違いをもう犯す気はなかったので、サエコに手を出すことは一切なかった。


「私のこと嫌い?」


「・・・嫌いじゃないよ」


「でも、まことさんにとって私は必要じゃない人間なんだよね。やっぱり私って、なんのとりえもない無価値な女なんだよね?」


サエコは寂しそうな顔をして、俺の手を取り、自分の頬にあてた。


「そんなことないさ。自分の価値は誰かにゆだねるものではないんじゃないかな。男に愛されたから価値がある人間ということにはならないよ。それは男に依存してるだけ」


「そうなのかもしれない。私、寂しくなると、孤独だなって感じちゃうと、男の人といることでまぎらわしてたかもしれない。嫌われないように、相手の顔色ばかりうかがって、メールや電話がこなくなると、気が狂ったようになってしまう。不安でどうしていいのかわからなくなる。パニックになる。でも、頭の中真っ白になるくらい抱かれてるとつらくなくなるの。こんなに愛されてる私はすごいイイ女なんだってそう思えてくるの。だから、捨てられないようにしがみつくんだ」


「そういうのは男にとっては重いかもな」


「だからいつも捨てられちゃうんだね・・・」


いままで男たちにどういう扱いをされてきたのだろう。


俺は、サエコの震える肩をこちらに引き寄せ抱きしめてやる。


「君は料理も旨いし、優しいし、気遣いもできるし、仕事だってまじめにやってる。男に頼ってるだけの女じゃない。自信もったらいい」


「・・・そんなこと言われたの、初めて」


サエコは泣き笑いになってしまった。


「自分のこと大切にしな。自分はすごいやつなんだって認めてやれよ」


サエコの涙が俺の胸元を濡らしていた。


どれだけそうしていただろうか。




「マコトさん、ありがとう。・・・もう、行ってもいいよ」


「うん?」


サエコはそろそろと顔をあげ、何かを決意したように唇をかみしめた。


俺の胸をやんわりと押し、そっと、離れていく。


「・・・あの日、マコトさん・・・何にもしなかった。酔って、寝てしまっただけ。だから、責任とか感じなくていいよ。嘘ついててごめんなさい」


「嘘?」


記憶がないのも当然のことだったということか。


「ごめんなさい。・・・マコトさんにひとめぼれっていうのは本当・・・」


これは喜ぶべき真実なのかもしれない。


このままここを立ち去ればいいのだ。


そうすれば何もかもが終わる。


ヒサシのように新たな出会いを探しに行けばいい。


俺は立ち上がり、玄関へと向かった。


そうだ、手を伸ばして、ロックを解除して、ドアノブをひねるのだ。







足元を見ると、前から欲しかった入手困難な限定モデルのスニーカーが置かれていた。


「マコトさんよかったらそれ履いてって。最後のプレゼントだから、遠慮しないで」


背後から明るい声が聞こえた。







俺は振り返り、サエコを力いっぱい抱きしめていた。


「ま・・こ・・・と・・・さん」


「馬鹿・・・我慢ばっかりしてないで俺にも何か要求しろよ・・・」


「・・・何もいらない。そばにいてくれるだけでいい・・・」




寂しいからそれをうめるために恋をするわけではない。

誰でもいいからそばにいて欲しいわけではない。

尊敬できて、共に成長していける人だから、どこまでもついていきたい。


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