今朝は2時起きで作品づくりをなさっていた高蔵寺 天野こうゆう住職
3時の北海道の地震は「北海道には仲間も多いんで・・・」驚きました。
-台風21号の被害もあり、そして今日は西日本豪雨災害から2カ月です
切り替えが難しくなっていますね。先日、福山方面から法事で倉敷に帰ろうと、そこで新幹線がピンクのキティちゃん号。観光客の方はキャッキャ言うてました。私たちはお勤めモード。ボランティアの方もいましたし。新倉敷で降りたらものすごく声をかけてくれるんです。「お疲れ様です、こちらです」って。ボランティアバスなんですよ。 観光客の方もそちらへ流れていく。お祖母さんとお孫さんが「なんか申し訳ないなぁ遊びにいくのになぁ」って私の方を見て言うんです。入り乱れちゃってね、余波と言うか、切り替えがね。
-もちろん息の長い支援も必要ですし、日常の生活や楽しみをもって出かける方の”言ってもいいのかな”という空気が・・
岡山に来たから倉敷の美術館に行こうかっていう知人がね、「どういう顔したらいいかな?」って。それは私に対してなのか倉敷市民に対してなのかな・・・「いやもう来てよ!楽しんで帰ってよ、来たら案内するよ!」って言いました。情報と想像がぶつかっていて難しいですね。ひとりひとりの器量ですよ。
-今回の台風でお墓のことが心配な方も多いですよね
それよ、絶対行ったらアカんよ。雨の日の法事のお墓参りは仏教界で中止にすべきだと思ってるんですよ。土葬なんて空洞の上に立ってますから、共同墓地なんて水脈が変わってる可能性もあります。年間で何回行くかい?おばあちゃんが炎天下の中、お墓に行ったな、ちらっと見てまだおばあちゃんの自転車あるな、ってなったら心配なんですよ。炎天下で暑いのに「若いもんが掃除せんから私が」って。盆前とか、雨の日、雨の後、様子を見に行って倒れたりね。お墓ごとだから表ざたにしにくいんです。不安定なお天気の時は最小限にして。地盤緩んでますから、よくないような斜面に大きな石が上がってたりします。一つの石が○トンですからね。拝むことは後回しでもいいです。お墓のことはどうしても高齢者の方が中心になりがちです。ここで聞いてたら、若い方が「やめときねぇ、おばあちゃん」って言って差し上げて。

こうゆうさんはここのところ東京・福岡・京都 福知山を訪れていました。
福知山は本山布教師の巡回布教という制度が真言宗にあって、本山から年に1回どこかに行くんです。それで丹波篠山からリクエストがありまして、若い・・・これでも若い方なんですよ、この世界では。若くてわかりやすいお話しを、ということで私にリクエストが来まして。今回は2日で3講演。一つが百人規模。正装で、お授けの儀もあって、正規の作法で「高野山から来てくれたんじゃ~」みたいな。年に1回、ものすごく緊張します。道中の態度、振る舞いもチェックされますんで。90分立った状態で、最近は照明バーッと当たった披露宴会場みたいなとこでするんで、また年配の方が多いからすぐ「寒い」ってなるんです(苦笑。水が出て来るかなー思ってたら「お水も僧正様にはもったいない!」って。「いや出して出して~」っていう空気。口が回らんっていう葛藤ね。しかも主催者さんが3公演すべて違うお話しでお願いしますって。なかなか緊張があっていいですよ(苦笑。

-福知山の巡回布教で用意していただいたホテル。温泉も出るし、控室もお部屋で、お蕎麦もおいしいです、と「お、えぇやん」と思ってたら、そこで待ってたのが高野山高校時代の鬼教官。
髭が胸のへんまであるような人で、口より先に手が出る鬼教官でした(苦笑。今やったらパワパワハラですよ(苦笑。
「愛と青春の旅立ち」のサンダース軍曹・・・・いや愛はなかった、女子おらんかったから。「汗と青春の旅立ち」
高1のときに受け持たれてね。慌てて着物着るでしょ?寒いからトレーナー着てるんですけど丸首の襟が着物から出るんですよ、それをハサミで切るか雪の中で着替えさせるんですよ。御大師様の元まで無言で歩く行があるんですけど、チャラっとしてたら「なんやー」って首根っこ掴まれて正座。公道で、座ってたら雪降ってくる。おばあちゃんが手を合わせてお賽銭くれるのよ(苦笑。
15、16歳の頃、怖いんですよ。お経の暗記テストも怖いから噛む(苦笑。最後の最後で全部唱えられて、褒めてくれるんかと思ったら怒られる「最初からやらんかーいっ!」
そんな方がホテルで待ってて「もう仏になったんよ~」って。でも自称ですから(苦笑。しかも、私の前にお話しするんです。本山布教師としての私を立ててくれてますから。その後もご飯一緒、お風呂も一緒。「今日はいかがでございましたでしょうか?」「うん明日、名誉挽回や」って。
でもね最後に「君は今話すのが楽しそうや、大師信仰も身についてるから聞いててよかったぞ」と。それで、なんであのころ厳しかったんですか?っていう話も聞けたりしてよかったなって、ね。
なんでそんなに急かして怒ってたんですか?って聞いたら
「早くできたら休憩できるでしょ?他の勉強もできるでしょ?私の仕事はげんこつしてでも最後尾の人を何とかゴールさせるのが仕事。最後尾から転げ落ちた人に辞めていただくのも仕事だから、心を鬼にしてました。恨まれてたかもしれないけど、脱落した人たちはお坊さんにならない方がよかった、と感謝の手紙をもらう」ちゅーてね。
ただ、腹が立たんかったのは生活を共にしてるんですよ、寮で。アニキの一面、父ちゃんの一面を見せられると納得なんです。
一緒にご飯を食べてくれるし。すごいよ、脱走するんですよ。大体ココにおるやろって分かってるから森の中に立ってたりするんですよ(苦笑。逃げる勇気より見つかった時の怖さ!すごいねぇ。
何がどうえぇかは分かりませんが、あの時代には合ってたんでしょう。
同級生からLINEで「大丈夫やった?」「変わってへんかった?」「殴られた?」って、なんで本山布教師がゲンコツはめられなアカんねん(苦笑。
先生からはちゃんとメールが来ましたよ。「ようがんばりました」って。最後が「ごきげんよう」でした。
先生から「基本を忘れてるやろ?」ってすごく言われましたもん。「どうやって思い出せばいいんですか?」って聞いたら、「とにかく歩け!おまえらはよう歩いてたやん下駄で!歩きが減ってるからいろんなことに支障が出てるんやぞ!」
私も今年は歩く意識を変えました。難しい行をせんと、事あったら歩いてね。