天才と呼ぶのは簡単だ。 | uRABLOw
- だが、それ以外に何と形容出来るだろうか。
「天才」は、普通以上の才能を生まれ持ち、簡単に能力として発揮する。
凡と呼ばれる普通な存在は、如何な努力を施した所で彼らの上を行く事は不可である。例外無く。
その稀有な存在を、定義として簡単に呼称するのは凡であるが、適用される存在が必ずしもその資格を有している訳ではない。
しかし、それで「天才」足る固有名詞の意味が価値減されるものでもなく、例通りに比喩・解説された場合、その輝きを以って頂点に君臨するに至る質が体現される。
努力をする天才は最悪だ。
何故なら彼らは、それをして計り知れぬ絶望と羨望を私達に同時に味わわせるからである。
彼らは神の如き働きで、神の細分化(再分化)された情報の先端を見つけ、発端に近づくとそれをほんの少し私達に見せ、想像させ、あたかもそれが神の真実であるかの様に錯覚させるのである。
私達はそれが果たして本当に真実の姿であるのか、それとも偽られた遊びであるのか、それすらも猜疑心や憧憬心に能力の壁を改めさせ、差を広げ作り、解らない。
ただ一部の努力と運が、そこに近づくかも知れないが、そこが一体何であるのか、名付けられる事が禁じられた土地に立った私達には、やはり解らないのである。
一体何を書いているのか解らなくなって来た。
いったん筆を置き、ゆっくりと深呼吸する。
なんか眠たくなってきた。
もう寝ちゃおう。
(´-ω-`).。o○(・・・乙一は天才)
そんな小説です。 嘘です。
あ、タイトル忘れてた。
乙一の「夏と花火と私の死体」です。
感想1:
読み終わるまでずっとミステリーだと思ってますた。
なんでホラーなのよ。
感想2:
ミステリーだと思ってたので、きっと「わたし」というのは人間じゃないんじゃないかと思ってますた。
実はペット系の犬なんじゃないか。
犬だってサンダルくらい履くだろう。
犯人はすでに文中で活躍しているので、きっとそこら辺が推理する部分なんだ。そう思ってますた。
犯人が出ている時点でサスペンスなんじゃないかと言う些細な問題は気にしては楽しめないんだと。負けなんだと。
感想3:
でも木に登るって描写から、いつの間にか僕の中ではモンキー説が濃厚になり、いったん捜査は打ち切られますた。
モンキーだってサンダルくらい履くはずですから。
感想4:
思いっきり「少女」だと書いている背表紙は、気付いていない振りをしていますた。
無理をしていた事をここに告白します。
なんでホラーなのよ。
続きましてー、「優子」の感想。
感想1:
「ととの(夏と花火と私の死体の略)」の失敗を教訓に、ミステリーではなくホラーとして一所懸命楽しみますた。
ミステリーじゃんコレ。。。
感想2:
最後の文章の
”しかし、人形がなかなか語りかけてくれないので清音は首を傾げた。”
”少し寂しかった。”
ってトコになんとなく乙一の文を感じますた。
切なさが非常に巧い。
=ネコ=
PS:
実は追伸でも何でも無いかも知れませんが。
紹介した「夏と花火と私の死体」というのは乙一氏が16歳の時に書いたものだそーです。
小説家をホンキで目指している少年少女のお前らは一読する事を強くお勧めします。
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