思いがけない夫の言葉


でも…



「あ…

 当然だと思います…
 私は取り返しのつかないことを…」



夫は私から目をそらし
窓の方を向いて黙り込んだ


しばらく経って

夫が口を開いた

 

 

 

「なぜ君が不倫したのか
 君の話で良く分かった

 そしてその原因は
 俺にもあったということも…

 もう間違わない

 そんな風にも思えるんだ

 だけど…」



夫の手が震えだした

 

 

 

「…ダメなんだよ


 どうしても

 あの日見た君の笑顔…


 俺じゃない男に

 あ、甘えながら…


 幸せそうに笑う君の顔が…


 頭から離れないんだ…」

 

 

 

私は固まったまま


何も言えず夫の言葉を聞いていた


やがて夫は
涙を流しながら続けた



「あの笑顔は
 君の錯覚だったって分かっても…

 あの日の絶望感が
 消えることはないんだ…


 い、今こうして

 君と話していても…」

 

 

 

夫は全身を震わせながら
そこまで話すと

静かに泣き出した



 ここまで傷つけていたんだ…



自分の犯した罪の重さ

自分の最愛の人を
ここまで追い込んでしまったことを痛感した

 

 

 

どのくらい時間が経っただろう

長い沈黙の後
夫が静かに話し出した



「君さえ良ければもう一度…

 そんな気持ちもあったけど…

 やっぱり無理だ…」



絞り出すように言葉にした夫

私の方を向くことは無かった

 

 

 

 

期待が無かったと言ったらウソになる

ほんのわずかな淡い期待だった


思いがけず
夫も同じ想いでいてくれた



それだけで十分だった

 

 

 

 もうこれ以上夫を苦しめたくない


頭では分かっている
 

早くここから立ち去らないといけない
 

なのに私は動けずにいた


 もう私にできることはないか

 いやそんなことより


 夫と離れたくない


私の偽らざる本音だった

 

 

 

お互いが動けないまま

重たい時間は流れて行った


口を開いたら終わる


夫もそう感じていたんだろう…

 

 

【BACK NUMBER】
遅過ぎた後悔 本気で好きだった 身体を許す時 歪んだ猜疑心

初めての挫折 優しさの罠