引越しを終えた日の翌日

夕食後に夫が
「これからは3人で頑張ろうな」
と息子たちと話していた時

夫のスマホが鳴った

見たことのない番号
誰だろう?と思いながら出た

「こんばんは。夜分にすみません。
 夫さんの携帯でよろしかったでしょうか」


店長からだった

 

 

「突然申し訳ございません。
 私さんの緊急連絡先を見て架けました。
 ちょっとお話があるのですが
 お時間よろしいでしょうか」


「あ、はい。こちらこそ
 この度は妻がご迷惑をお掛けし…」


「いえいえ、逆なんです」

 

「え? 逆とはどういった…」


「できればお時間をいただいてお話を、
 と思います」

 

 

翌日の夜
 

夫は喫茶店で店長と話した


「まず夫さんに謝らなければいけません。

 本当に申し訳ございませんでした」

 


「頭を上げてください。

 こちらの方が謝るべきだと思うんですが
 どういうことなんでしょうか?」

 


「私さんの過ちなんですが
 店長である私のミスなんです」

 


「…どういったことなんでしょうか」

 

 

そして店長は
副店長のことを説明した

彼が常習犯であること
なのに会社は彼をクビにしないこと…

 


「そんな人物であることは
 店長同士の横のつながりで知ってました。

 だから大丈夫そうな私さんを
 彼の下につけたんです。

 ところがそれが間違いでした。

 私さんまで手を出すと思ってませんでした。
 彼の手口は想像以上でした…

 

 私さんを彼の下につける時に
 ちゃんと教えておくべきでした。

 

 それをしなかった私のミスなんです。

 

 取り返しのつかないことになってしまい

 本当に申し訳ございませんでした」

 


 店長は再び頭を深く下げた

 

 それを黙って見ていた夫が口を開いた
 

 

「お気持ちは分かりますし、
 わざわざ謝罪までありがとうございます。

 

 ですが、相手が常習犯であれ
 応じてしまった妻の自己責任と思います。

 

 それに、彼が常習犯だということを
 妻に伝えることは個人情報の問題で
 そもそもできないんじゃないでしょうか」

 

 

「その通りですね。

 

 それでも私は伝えるべきだったと
 後悔しています…

 

 それで、夫さんにお願いがあります」

 


「離婚をやめるように、ですか?」

 


「いえ、そこまでお願いはできません」

 


「では何を?」

 


「私を含む会社を訴えていただきたいんです」

 


「え?

 私が、ですか?

 なぜ会社を訴えるんでしょうか?」

 

 

「本来なら彼は就業規則違反で
 とっくにクビになってる人物です。

 ですが社長の意向でクビにならない。

 

 過去にも何人もの被害者がいるのに、です。

 それどころか
 被害者とも言うべき私さんだけを
 会社は解雇しました。

 しかも私さんはパートなので
 パートの就業規則ではクビにならないはず。

 

 なのに会社は私さんを解雇しました」

 


「…」

 

 

「私さんが会社を去る時

 

 自分のせいだって言って
 一切言い訳しませんでした…

 私はあの私さんの姿が忘れられない…

 こんな会社にとって大切な人を
 理不尽に切り捨てていい訳がない。

 私は会社と戦おうと決めました。

 

 だけど私は会社の内部の人間です。
 今回の件で会社を訴えることはできない。

 だから、夫さんにお願いしているんです」

 

 

店長の思いに夫は圧倒された

 


と同時に

 

自分は妻と話し合いすら拒否していて
こんな経緯を全く知らなかったこと

 

怒りに任せて行動したことを反省した

 


「分かりました。

 

 どのみち慰謝料請求などで弁護士さんに
 依頼済みなんです。

 

 店長さんのお話をしてみます」

 


「ありがとうございます。


 必要があれば資料をお出ししますので
 何でも言ってください」

 

 

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