Good Morning OKINAWA                ~設計事務所の事情 うらじゅん(沖縄2022)Ⅲ~ -2ページ目

学生時代の頃からこの歳になるまで、その存在が当たり前であり、いつまで経っても歳を取らない、それが自分にとっては「スター」であり、彼もその一人だった。

当時(1980年前後だったか)「テクノポップ」と称して一世風靡をしたYMOの高橋幸宏の訃報を今日知った。

はじめて彼をテレビの画面で見た学生の頃、こんな彫の深いいい男が同じ日本人なのか?と思ったほどで、それは今でも変わらず、優れたミュージシャンの一人だったと今も思う。

心よりご冥福をお祈りいたします。