まだスイスのスキーの火災のインタビューなどを見ては涙が出てしまうのですが、そんな時にこんなニュースが↓
シャルリー・エブドは再三の宗教関係者からの非難があったにも関わらずムハンマドの風刺画を掲載し続けたりしてテロの被害に遭った新聞社として有名ですが、その時もこの人達にとっての表現の自由って何なのかと思いました。
犠牲者やその家族を傷つけること、多くの人に敬愛されている宗教的なシンボルを馬鹿にし、多くの信者を傷つけることが表現の自由なのか。
スイスの火災では、大火傷で搬送された17歳の男の子が薬で眠らされる前に言った言葉が「ママごめんなさい」だったそうです。
この記事によると、その子はその日あまり調子が良くなくて、親には行かない方がいいと止められていたのに行きたいと強行して巻き込まれてしまったそう。
親が行くなと言っていたのに行って火災に巻き込まれ、両親への罪悪感で目覚めて初めて言った言葉が親への謝罪。
お父さんがインタビューに答えていた動画を見て、涙が止まらなかった。
全然この子のせいじゃないのに、大火傷で痛くて仕方がないだろうに、こんな事を言うなんて、子供って本当になんていじらしいんだろうと。
子供を亡くすのはどんな形でも胸が引き裂かれる以上の辛さだと思うんですが、火災で亡くすのは想像を絶する苦しみだと思います。
2016年のジャングルジムの火災事故も、今でも思い出す度に親御さんの苦しみはどれほどかと涙が滲みます。
今も重症熱傷病棟で生死のはざまで戦っている若者達が多くいるのに、こんな記事を載せるなんて許せない。
表現の自由=人を傷つける自由ではないはずなのに。
今日の一首
表現の自由という名の暴力で傷つけられる事は許されるのか

