洋介は日本への出張からアメリカ駐在員の仕事へと戻った。だが今回、啓太には
内緒で、妻の可奈子に会った。そして可奈子は幼子の優香を引き合わせてくれた。
 優香は洋介の子だと言う。それは確かなことだろう。そして、可奈子から三つのこ
とを懇願された。  一つ目は、この件は可奈子に任せて欲しい。  そして二つ目
は、目の前から消えて欲しい。  さらに三つ目は、優香をいただきたいと。  そ
れらは母親として考えた挙げ句の必死のお願いだったのだろう。洋介にはそう思え
た。  しかし、悩んだ。  壮行会の夜、可奈子との間で起こった過ちがこんなこと
になろうとは。もうこれは罪だと思った。  しかし現実には、優香という可愛い自
分の娘がこの世に生を受けた。  洋介は親友・啓太のことを思い、また可奈子のこ
とを考えた。そして、やはり優香のこれからの幸せを優先させ、いろいろと思考を巡
らせた。  今すぐにでも日本へ飛んで行きたい。そして啓太から、可奈子と優香を
奪い去りたい。少なくとも我が子・優香を、自分の手元に置いて育てるべきかと思い
悩む日々が続いた。  だが、できなかった。  現在の何もかもを壊して、果たして
それで優香は幸せになれるのだろうか。やはり母親の可奈子が望むようにすること
が、優香にとっても一番良いことだと思うようになった。  結果、洋介は彼らの目
の前から自分を消すために、会社を辞めた。そして日本を捨て、アメリカで暮らして
行こうと決心した。  また万が一の時に、いつでも優香を引き取れるように、自分
は一生結婚をせず、家族を持たないと誓った。洋介にとって、それらは辛い決断だっ
た。洋介はこのような自らの責めを負ったのだ。  洋介は会社を辞めてからサンデ
ィエゴへと移り住んだ。そして、現地会社に二十三年間勤めてきた。  その間ずっ
と音信不通だった啓太から、娘の結婚披露宴への招待状が届いた。今、洋介はそれを
握り締めている。   そして海岸沿いの歩道を、その戸惑いを冷ますかのようにウ
ォーキングをしている。  二歳の優香を、可奈子に勧められて恐る恐る抱き上げ
た。あれからもうすでに二十三年の春秋が流れ去った。  しかし洋介の身体には、
まだしっかりと我が子の感覚が残っている。幼子(おさなご)の香り、そして肌の感
触と生命の熱さがそこにはあった。