「啓太と二人で、優香を立派に育て上げるから」  可奈子はこんなことまで口に
する。  洋介は下を向いたまま、黙り込んでしまう。こういう洋介の状態を、きっ
と茫然自失というのだろう。  私たち夫婦に、優香をいただきたいの、可奈子は確
かにそう言った。  なぜ俺と育てようと言ってくれないのだ。  戸籍では、行き
掛かり上、親友の長女となってしまっている。  親友の啓太はあの夜の出来事も、
そして優香のことも、未だすべてを知らない。  いろんなことが、洋介の頭の中を
狂ったように過(よ)ぎっていく。洋介は今にも気が遠くなりそうだ。  そんな洋
介を見て、可奈子が気を利かす。 「ねえ洋介さん、お願い。一度優香を抱いてやっ
てくれない」   洋介は話題が変わり、ぱっと目を見開く。しかし、抱いてやって
と請われても、今まで幼児を抱いたことがない。まったく扱い方がわからない。だ
が、可奈子が一所懸命手を貸してくれた。  恐々(こわごわ)だった。しかし、優
香を抱くことができた。  それにしても優香はなぜか機嫌が良い。 「優香」  洋
介は思わず呼んでみた。だが優香は知らんぷりをしている。  しかし、あまりにも
可愛い。  洋介はたまらず頬ずりをする。幼い子の柔らかい香りがする。  肌はつ
るんつるん。その上に、プルンプルンとして柔らかい。  その強い生命力の熱い体
温が伝わってくる。  優香は、憶え立ての言葉なのだろう、「ママ、ママ」と言葉
を発している。  抱けるものならずっと抱きしめていたい。しかし優香をそっと母
親に渡す。  洋介は、その場では何も答が出せなかった。   優香が愛おし過ぎ
る。アメリカへ連れて帰りたい。しかし、それは今できることではない。  洋介は
辛くて、居たたまれなくなってきた。こうして長居ができず、可奈子と優香に別れを
告げた。  しかし、我が子・優香の香りと肌の感触、そして命の温もりだけは、し
っかりと洋介の心と身体に刻み込まれてしまったのだった。