でも、復活するチャンスがある!!
東京ガス時代から、ずっと、内側からも外側からも見てきました。
GK浅野さん、関さん、奥山さん、アマラオさん、藤山さん、
懐かしいねえ。
井原さんを獲ろうともしたしね。
でも、この頃、まだ江戸川陸上競技場や西が丘で公式戦を行っていた。
6万人もはいる味スタはちょっと大きいかな。
私も、バイエルンのユニフォームを売ってましたからね。
もう一度、
J1に昇格する喜びを体感して、
サッカーを首都から活性化してくれ!
本人が望むことに到達できなくても、
自分でしか、そこには辿り着けないんです。
助けてあげる
や
教えてあげる
なんて思って接している人がいるとすれば、
それは単なる思い込みです。
本当はみんな分かっているんです。
人は人に育てられる。
育ててあげるなんて出来ないことを。
あなたが自分の子供を育てている立場だとしましょう。
あなたは、単に安全な場所を確保させているだけじゃないですか。
あなたが、誰かの上司だとしたら
それは、単に一番効率いい方法を伝えているだけじゃないですか。
そこまで安全でなくても、
そこまで効率的ではなくても、
危険を感じながら
回り道をしながら
人は育ちます。
企業にはホームページがあるのが当然になった時代が2000年頃のこと。
ホームページにはブログがあるのが必然だとなったのが、ここ数年。
そして、今、ツイッターの出来ない人は取り残されているような感があります。
私は、
パソコンがまだマイナーだった1990年代、
パソコンとは、人と接するのが下手な人が
「自分たちはパソコンがあるからいいや」と群れている集団だと思っていました。
当時は、パソコンなんて「すぐに止まる機械」に過ぎませんでしたから
「今日は機嫌が良いね」なんて言って、パソコンに接している人を見て不思議でした。
時は経て、2010年。パソコンのないことが想像すら出来ない社会情勢。
そんな中、
やっぱり思うのが、
パソコンを介さない人同士の触れ合いです。
私が誰かに与えることが出来るとすれば(冷静に「いらない」と言わないでくださいね)、
それは、私自身がもらって嬉しい、
人同士の会話です。
人はそろそろ、ダウンロードに飽きてきているのではないでしょうか。
それを示すように、世の中には、価値やホスピタリティを求める人が増えている気がします。
それでも、多くの情報はインターネットを通じて発信されるでしょうが・・・。
私のこのブログもそうですね。
でも、あなたは「ありがとう」を言っていますか?
私は、どうでしょうか・・・。
ちょっとすれた人間なので、
「ありがとう」の安売りはしたくない、
なんて思っているかも知れません。
20代の頃までは、
「一番大切な時に使うために『ありがとう』とは言わないでおこう」
とまで思っていました。
心から尊敬する人に出会えた時、
問答無用の感動を得られた時に使いたいと思っていたのです。
それが30代になる少し前くらいから変わりました。
「ありがとう」以外の感謝の言葉を思いつかなかったのです。
そして、改めて考えました。
私は「ありがとう」と言われたいし、
正当に評価してほしいのだと。
たとえ酷評になったとしても
その評価を、その人自身から聞きたい、と。
そのためには、私も正直な気持ちを伝える必要がある。
だから、私は必ず相手に評価を伝えます。
そうすると、とても生きやすくなりました。
あなたは、いかがですか。
ありがとうを伝えていますか?
あなたがお金をかけずにできること、
それは「ありがとう」と伝える
笑顔で接する
そして感謝の忘れない
この3つではないですか。