昨日の「聾(こえ)の形」をupして
考えました。
私の田舎にも当時「聾学校」がありました。
今は、特別支援学校と呼ばれているでしょう。
私の小学校と交流授業があり、
田植えや稲刈りをした記憶があります。
男女一人づつ同じ年の子がいました。
耳に補聴器を付けていました。
現在の補聴器は小さくなりましたね。
何年かして
ある日、バスの中で、その担任の先生とお会いしました。
二言三言話をしました。
どうも、道路事情で、いつもとは違う路線で移動されていたようでした。
でも、最後まで
「(当時は、まだ名前を憶えていた)〇〇君と〇〇さんは、元気ですか」
とは聞けませんでした。
とても恥ずかしかった。
何度か言おうとは思ったのですが・・・。
言い訳です。
結局、そのままバスを降りて、それっきり。
縁がなかったといえば縁がなかった。
しばらくモヤモヤしていたのを覚えています。
本日もお越しいただきありがとうございます。
思い出しても、改めて文字にする必要があるかどうか考えましたが、
まあ、記録として。
あの頃にくらべれば(小学生ですけどね)、思いは伝えられるようになったし、
良い経験をしたと思います。