今なら人を殺してもいい。
そう思う度に、
「人を殺すことが出来る人間は、知能が高くなくてはいけない」
という話を思い出す。
遺体の処理に逃亡ルート。殺した次の瞬間には、その全てを計画しなくてはいけないのだから。
そう考えると、人を殺すのはやめておこうと思う。
そして、誰かとコミュニケーションをすることにより「殺す」という思いが馬鹿馬鹿しくなる。
人は触れ合って育ってる。
「人」という字は支えあっているのではない。
支えあっているのではなく、誰かに支えられて。その感謝の気持ちがあるから、支える側にもなれる。
今は、必死にそう考えている。