父が死んだ。
覚悟はしていた。してはいた・・・。
葬儀は多くの人が集まるイヴェント。一概に、私にとって良い影響を与えてくれる人ばかりではない。
ごくわずかな人が、へこんだ心に大きな声でネガティブな言葉を発する人もいる。
葬儀が終わったいう気持ちからか、お骨になった父を見たためか。
左目の視界、なかでも左下部分が、一時的に見えなくなった。
なぜなのだろう・・・。精神的なことなのか、何かを凝視し続けたからなのかは分からない。
その時思っていたのは、こんなことだ。
父が死ぬ少し前、生まれたばかりの赤ちゃんがいる。
私も、この赤ちゃんも、何のために生きているのだろう。
死という悲しい結末を目指すために生きていくのか。
ならば、なぜ辛い思いをして生きていかなくてはいけないのか。
太宰治という作家は、「30歳を目処に将来に希望を見出せず自殺した」と聞いたことがある。
その気持ちが分かる気がした。私なりの解釈ではあるが。
そんな気持ちの私の元に、相方さんが新幹線に乗ってやって来た。
髪を結んで、いつもの白いシャツで。
実家に到着した相方さんを見て、姪っ子が、凄い笑顔を見せた。
その時、
それから、二人で地元の観光名所を巡った時も、
甥っ子・姪っ子と一緒に眠る相方さんを見た時、
母が、自分が漬けた梅干を食事の時に出した時、
色んな場面で、
「あー、呼んで良かった」と思った。
私という人間から消え去っていた「嬉しい」という感情が甦った。
これからも、
私は生きていくんだ。
悲しい思いをするためでなく、
楽しい思い出をたくさん、たーくさん作るために。
いつの間にか、父へのお悔やみの言葉を聞いているうちに、私の発想もネガティブになっていたようです。
相方さんが笑ってくれて、みんなを明るくしてくれて、
前向きな気持ちを取り戻しました。
だから、
ありがとう。
新幹線に乗ってきてくれて。
みんなに笑顔を届けてくれて。
だから、
ね、
これからもよろしくね。
「大自然」にも、また行こうね。