私は、いつも5~10年同年代より遅いペースで生きてきたので
良い意味で「好き勝手」でした。
それが、30歳を過ぎて、いつの間にか「大人」になっていた気がします。
おっさんになったのではなく、大人になった。
そんな気がします。
なんでだろう。
俺なんか何もできないのね。
年齢なんて関係なくて、いつまで経ってもガキのままが良かったのになぁ。
だから、
今から復活します。
好きなように行きます。
そう思っただけでも少し気持ちが楽になりました。
誰にも縛られず、何にも考えず
好きな服を着て、
自分の言葉で
誰に蔑まれても
己の気持ちと感情に忠実に。
嫌われようが、構いはしない。
だから、遠慮はしない。
好きな言葉を使う。
望むように行動する。
それに反する意見を持ち
異論を唱えるなら、「俺の勝手だろ」
て感じ。
でも、
俺も、そろそろ「大人」なのかも知れない。
ちょっとそんな気がしてきた。
確かに、20代の頃とは、感覚が違うもんなぁ。
いやだけど、それも「生きる」てことかな。
自分の意見を先に言われてもむかつかなくなったし、
少し嫌味にも、
一呼吸おいて、その嫌味な言葉を前向きに考える時間を「間」として作れるようになった。
いるんですよ。
疲労感で最初から切れ気味の人。
そんな人は、話して話してとにかく時間をかけて、その緊張感を取ってあげるしかない。
20代なら分からなかったなあ。
最初から切れて話されたら、こっちも切れてたと思うし。
でも、今なら、冷静にいられます。
何より、それは時間という経験値で得たものでしかない。
だから、それを教えることは出来ない。
私と同じ時間生きてもらって、初めて話しになるのだと思う。
要するにそれは、先天的な力ではない。
失敗という経験値からこそ理解したもの。
私が、先生という仕事を好む人を嫌いなのが、それですからね。
「お前ら言ってることなんて、所詮、俺より長く生きてきた時間の中で得た『知識』だろ」
子供の俺より多くの漢字を知っている
幼い私には解けない計算を知っている。
そんだけのこと。
先生と俺が同じ年であっても、俺が知らないことを教えてくれない人間に偉そうにされても困る。
だから、私は時間という経験値から得たものを語ることを好まない。
逆に、同じ時間で同じ経験をした仲間と過ごすのは大好きだ。
こう書いてるけど、
読んでる人に伝わってるかな?
わかんないだろうな。でも、だから楽しいんだけどね。
明日から、正確には数時間後にはクールビズがスタートする。
ネクタイを締める時間て、朝の時間の中では少し不得手な時間だ。
いまだに慣れないから。だから、クールビズは嬉しい。
