父の経営する会社に入社するまでの私の略歴を記載すると

100人中100人が同じことを考えると思う。


「なんて、絵に描いたような跡継ぎ息子のコースなんだろう…」 (実際、よく言われたものです)


略歴

・高校卒業後、地元を離れ、渋谷区にある「おぼっちゃま学校」といわれる私立大学へ

  (1.2年は山の中でしたが…)

・大学卒業後、地元に本店のある都市銀行に入行(東京都下支店配属)

・その後、父の経営する会社の取引先の業界NO.1企業で業界修業(東京)


う~ん、やっぱり馬鹿息子一直線だよね、冷静に見て。



実際は、

・どうしても行きたい大学があり、2年浪人するも断念

・一生勤務するつもりで入行。

・諸般の事情があり退行決意

 (別に私が問題を起こした訳ではない。しかし、ちょっと訳あり)

 自分から、親の後を継ぐことを決意し表明

 (親の事業をベースに何をやろう…希望に燃えとりました)

・直接戻るつもりが、修業命令


30歳を目前に、結婚式を1カ月後に控えた婚約者を東京に残し地元に戻り、父の経営する会社に入社。


ここから私の廃業へと至る、間違えだらけの後継者・経営者人生が始まるのです。



今から約3年前 


私の経営していた食品会社は、お取引先各社への最終出荷日を迎えていました。


大雪の日でした。


除排雪業者との契約も解除していたため、最後の商品を積み込む配送用トラックの通行に支障のないように、弟である常務と必死に雪かきをしておりました。


工場では、社員・パートさん・アルバイトさんが、一人の欠勤もなく、最終出荷に向けて、

粛々と仕事をしてくれておりました。


この一カ月前、全従業員の前で、

  

  会社を廃業する決断をしたこと

  なぜ廃業せねばならないのか

  従業員の皆さんの給与他の支払方法・支払日

  従業員の皆さんの再就職先は私が全力で探すこと  等など


もしかしたら翌日から誰も来ないのではないか、と恐怖の中で伝え、

しかし、一人も欠けることなく出社してくれた従業員の皆さん


除雪も目途がつきかけた頃、車が一台。

乗っていたのは、父の代から取引のあった大手スーパーのバイヤーマネージャーとバイヤー2人

  

  長年の取引への感謝の言葉と

  従業員の皆さんで、と言ってお土産まで

持って、最終出荷日に合わせてわざわざお越し下さいました。


長年の取引に感謝してるのは、こちらなのに…


社長として奮闘した10年間は無駄ではなかった、と思うと同時に

40年に渡って社長を務めた父の偉大さを改めて感じておりました。


最終出荷は、従業員の皆さんやお取引先への感謝に包まれて無事に終了致しました。


それまでの数々のトラブルが、まるで嘘だったか、と思うような…



はじめまして。


ブログを開設したものの、記事をまったくアップしておりませんでしたが、

今日から徒然なるままに、書いてみようと思っております。


世間からは、甘やかされて育った馬鹿息子、と思われながらも必死で

会社の行く末や、従業員の事を考えている、


真っ当な後継者や先代経営者の人たちに、


「私のような失敗をしないでね」

の思いを込めて、


恥を忍んで過去の後継者時代や社長時代の経験を話させて頂きます。


毎日更新とはいかないとは思いますが、ご勘弁を…