ながい間ここにいますが、満足できる記事はいくつもありません。


オリーブの書店は、いちばんのお気に入りです。


再掲してみようと。



都心を離れる電車に揺られて海が見える書店へやってきた。ひろいひろいワンフロアにはカフェと雑貨コーナーも併設されていて、コーヒーを飲みながら頁をめくったり、筆記具を手にして書き心地を確かめる人の姿があった。まるで工事完成後をイメージしたパース画のようだ。


初めて訪れる書店は遊園地に入り込んだ感覚に似ている。次はどのエリアに行こうかとかサプライズを期待をしたりとか。


翻訳の棚をタイトルと作家名を照らし合わせながら追うと、絶版になったと思っていたミステリーを見つけた。表紙にはうろ覚えの絵があり、裏表紙の内容からしても、学生の頃に読んだ一冊に違いなかった。再版の日付けを確かめるとつい最近で、驚いた。いくらフレデリック フォーサイスの後継者と評されたと言え、今もまだ読まれ続けていたとは。


へぇ、上下冊も揃っているなんて。

トップシークレット書類を持ち出すように、両手にしっかりと書籍を握り棚を移動した。


陽射しが強く挿し込むコーナーには、料理雑誌や専門書が並んでいた。本屋特有の紙の匂いがしないのは何故だろうと、美術書並の書籍を抜き取った隙間からあたりを覗いた。


ガラス窓の向こうにはタンカー船が小さく浮かんでいた。排煙用小窓のチェーンを引いて開けば本には迷惑だろうけど、潮風が流れ込んで絵的には更に完成しそうだ。


葉っぱが書棚のフレームにちらちらと写り込んできた。僕は誘われているように思えて、重たい美術書を棚に戻して誘いに乗った。


おいでよ、おいでよ。


それは想像の域を超えた樹木だった。

太い幹が僕の身長より上に伸びていて、枝を水平線に沿って広げている。タンカー船は葉っぱに乗る小船になって揺れていた。


君かい?紙の匂いを消したのは。

名前は?まさかフォーサイスじゃないよね。

切符サイズの紙が針金で吊り下げられていて、つまんでひっくり返した。


オリーブ


オリーブって僕はオリーブの木の記憶を捜してもどこにも見つけられなかった。そのうえ知識にあるのはイタリア料理にある塩漬けの実だったりオイルだったりくらいだ。


オリーブってあぁ、そうだ。缶詰めのほうれん草を食べると強くなるセーラーマンの彼女だ。


それにしても鎮守の森にいるようだ。

僕としては彼女を見ていたかったのだけど、このまま立ちすくんでいても側からは約束をすっぽかされた奴に映ってしまうだろう。


辺りに椅子を探したけど無くて、スターバックスに移動をした。テーブルにソイラテと園芸の棚から選んだオリーブの記述がある書籍を置いた。


土や肥料、水やり、日照、害虫対策、花期について読んだ。時期は5月から6月。白の蕾が四つに割れ黄色の花芯をアクセントにする小さな花だ。


冬が季節と季節の層を冷たい指先で突っつきはじめた今、もし小鉢に収まった背の低い苗を自宅で育てる自信のなさもあって、地中海の花の写真は夢のように思えた。


さらに読み進めると、オリーブがノアの箱舟の積荷にされたとする一説があった。

実には身体に良い成分を含むとされているからお眼鏡に叶ったのだろうか。

アララト山山頂に見つかった方舟の写真を思い出した。とても船には見えない残骸だ。実の効用を望んだのではなくて、幸せを運ぶとされ、平和の象徴オリーブに思いを寄せたのかも知れない。


そんな時間を過ごしているとタンカーの姿は無くなっていた。オリーブの巨木も居なくなってしまったのではと、顔の向きを変えた。

それはどの角度からでも完璧なフォルムを魅せつけていた。


帰りの電車に座り、ポパイのペーパーバックを読みたくなった。


あれから半年以上が経過してもオリーブは頭のなかにあった。燦々と日が降り注ぐ季節にあわせて木を三種類揃えた。結実を目指すには複数種の木を育てなくてはならないからだ。ややこしい事もありそうだが、とにかく花期を迎える一年後を楽しみにしたい。


その数年後、オリーブは銀座にいた。

やぁ、久しぶり。元気そうだね。