白馬村が近くにつれて、懐かしい匂いが濃くなっていく。


この村が好きだ。


ふるさとを持たない僕たちの第二の故郷。


路肩の林には鹿の足跡が押してある。


やっぱ寒いな。


スキー場もやってるからまだ冬だよ。


今夜は車中泊だ。

車内のポータブル電源を入れて電気毛布と寝袋に包まると冷えた指先がすぐに暖まってきた。


明朝、僕らは唐松岳に登る。


夏山に登っていて、残雪期に調査をかねて八方池まで歩いた。


それが何の役にたつのかは別として、登れるかもしれないを優先した。


登れるとわかっているなら行かない。


山の天候は晴れ。とは言っても、山頂の雲のながれは速く強風をみてとれた。


始発のゴンドラに乗った。

最終が3時30分に間引きされているから、逆算しておいた。


アイゼンを確認して登りはじめた。


この数日のうちに新雪があったのか、手に乗せてしまえばすぐに溶けそうな箇所がつづいた。


大丈夫か?相棒の声が聞こえる。


あぁ、大丈夫。

もともとのろまに歩くじゃん。

身体は覚えているさ。


登れば登るほど、邪悪な命をふきこまれた雲が千切れ飛んでいく。


小屋の赤がしっかり見えてくるはずなのに、まったくみつけられない。



先はどうする?


とりあえずコルまで進んだ。



山頂までは行けないと判断した。


僕らは吹き飛ばされるだろう。

ここが僕らのゴールだ。


それでも収穫はあった。

まだ歩ける。


下山は、意外にきつかった。


ゴンドラの駅には最終便より一時間ほどまえに着いてのんびりと待った。


白馬村は温泉に事欠かない。


広い露天風呂がある湯を選んだ。


無理したかい?


いいや、ちっとも。


やっぱりさ、お前と歩く山は最高だよ。


うん、まちがいなく。


なぁ、覚えてるか?

黒部五郎岳からおりてこうして風呂に浸かりながら

お前は言ったんだよ。


もっと奥へ行きたいって。


馬鹿だと思ったか?


いいや、変態だと思った。


風はしずかになり、あははと過ぎていった。


長野県の桜は開花したと聞いていても、蕾が目立っていた。