北アルプスの山々では、薄氷が張っているそうだ。
山は晩秋から初冬へ。
天候がよくても15度程度、下は一桁。
準備だけは万全にしておく。
登山道はまだ夏道だから記憶が助けてくれるかも知れない。
ずっと歩いていないから辛いかも知れない。
なにもかも知っていたら山なんか歩かなきゃいい。
かも知れないを埋めていくのが登山だと思うから。
だから謙虚にいなくては登れない。
辛いと思わないようにしよう。
それより見たことのない世界を楽しもう。
待っていてくれた相棒との会話や風景と感情。
ブランクの三年を山に抱いてもらおう。
完治しない病気の発症。
でも希望はイマジネーションを構築する。
ちいさな夢の泡がいくつも湧き立ち、やがてぶくぶくと沸騰させる。
縦走は無理でも北アルプスには日帰りの山がある。
相棒と相談しながら燕岳に決めた。
なぜなら北アルプスデビューは燕岳だったからだ。
ブロッケンも雷鳥もここから始まった。
見知らぬ、世界。
秋山って綺麗だ。
木々は個性と生命感と色気を魅せつけてくる。
コースタイムオーバー。
とりたてて心配なほどじゃないよ。と相棒。
前と変わらない歩きだから過ぎても30分かな。
樹林帯を抜けても風に敵意はなかった。
花崗岩を硬いソールが踏み潰しざくざくと鳴るリズムが心地良い。
やっと帰って来られた。
もうすぐ、もうすぐ、もうすぐ。
三度目の山頂。
相棒と握手を交わすと涙目になっていた。
どうした?と聞いた。
またさ、一緒に歩きたいとずっと思ってさ。
二度とそんな機会はないかも知れないって。
かも知れないを埋めるのが登山だろう。
そう応えると二人して数つぶの涙を溢しあった。
燕山荘の先にある表銀座への入り口を眺めた。
あの先には何があるのだろう。と初めての燕岳で相棒が遠くを眺めていた。
表銀座コースを念入りに調べて、僕の高所恐怖症がクリアした夏が二回目の燕岳だった。
入り口を目に焼き付けた。
もう少しで中房、旅の終わりだ。
思い出した。
登山口からそんなに離れていない場所に、桜の木が数本あるのだと聞いた。
薄いピンクの花が咲く。
雪解けがすすむと遅い春がやってくるのだ。
相棒に伝えると、へぇそれ見たいよな。
うん、見たいよな。
体力と技術がないかも知れない。
発見だよ、それ。
軽アイゼンで済むなら、埋めて行こうぜ。
僕らは小さな希望を形にしようとしていた。




