8月18日

午前5時

雨は小降りになっていて、薬師岳山頂と避難小屋がはっきりと見えていた。

朝食を済ませすっかり乾いた荷物をザックにまとめて山頂へ歩みはじめた。

風の勢いが、、、息が出来ない。

ハイマツ帯を通過すると更に凄味を増して、ウェアの隙間から入り込み身体を浮かせようとする。

まったく経験ない風速、25m以上はあるのか。
ごうごうと吠え立てて山頂に近づけさせない。

相棒が諦めようと言った。

よろつき、屈みながら、小屋に戻った。

あと二時間もすると収まると思いますがね。それから全てのコースで制限が解除されました。若旦那が入りたてのニュースを伝えてくれた。

心配した薬師沢の黒部川が暴れていないとなれば雲ノ平へ行ける。

ちなみに今日から最終日まで絶好の登山日和に恵まれるようだ。

となると、4日目の宿泊は太郎平小屋に予定していたが、ここまで戻り、最終日の朝に再トライするのはどうか。

相棒も快諾したのでその場で予約を申し入れて山荘を後にした。


嘘のようだった。

川だった登山道はすっかり水が引き、滝壺も失せてしまっていた。カッコウが鳴くそのトレールはとても感じの良い女性的な印象を持てた。

誰もいないテント場をすぎて木道を渡り、いつオコジョが現れてもいいようにカメラをオンにした。
が、足留めに遠慮したのか顔をのぞかせなかった。


太郎平小屋で水を補給して傍道に入り、木道と山道が混在する薬師沢までの長い道のりを思いだした。


でも本当に辛いのは薬師沢の橋を渡り階段を下りてからの登りだ。
まったく緩まない急傾斜を二時間かけて上り詰めていくと、雲ノ平の端っこにやっと到着する。

今回の遠征に雲ノ平を組んだのは僕の希望だった。

前回の雲ノ平はただの通過地点だった。
やはり雨で距離を稼げず滞在時間が短縮されてしまったのだ。

山荘で焼きそばを食べ、ガスで視界が塞がれた雲ノ平に後ろ髪を引かれる思いで高天ヶ原へ向かった。
以来、再訪を願ってきた。

なにもしなくていい。
ただ山荘のテラスに座りビールを飲みながら取り囲む峰々を眺めて過ごしたかった。


橋を渡った。

いよいよ今日の最難関箇所がはじまった。

苔むす岩がずっと続く。
ここでスピードを出したが為にスリップして転倒骨折
をした話を何件も見聞していた。


この数年を掛けて僕らは歩き方を見直してきた。
若い頃に比べたらやはり脚力も持久力も速度も鈍くなっていたからだ。

敢えて休まない代わりにゆっくり歩くようにトレーニングしてきた。
今日も薬師沢手前のベンチに5分ほど座りアイスコーヒーを飲んだだけの休憩。

結果、坂道が途切れて木道に着くまで二時間を切って上り詰めた。


あぁ〜やっと来ることができた。

標高2500m。森林限界ぎりぎりに位置する為にダケカンバなどの樹木と高山植物が共存する楽園。


なんだろう。

無駄なものがひとつとしてないような。

そんな事をこの場所は教えているのか。


山荘が近くになった。
時刻は午後3時ちょうど。
予定通りの到着だ。


予約を入れた時には団体客がいるから多少は混み合うと言われたけれど、そんな雰囲気は無かった。

布団も一枚ずつあったし、隣も居なかった。


汗を拭きTシャツを着替えてダウンを着込んでテラスに座った。


左手に祖父岳、中央に笠ヶ岳、右手奥には槍ヶ岳がはっきり見える好ポジションだ。




おまえが来たがってた理由がわかるよ。
改めて眺めるといい場所だな。

乾杯をしてごくごくと飲み干すと、渇き切った喉がひりひりと痛んだ。

笠ヶ岳さぁ、いつ行く?相棒が言った。

来年でも単体で行くのはどう?わさび平から。
欲張らないで単体で登ってさ、常宿に下るってのも良いんじゃない。

それ、それ。
ご褒美付きの山旅な。

こうして来夏の予定かひとつ決まった。

それにしても心地好い。
深緑をたたえる峰々に距離を置くかのように秋の雲が漂い、池塘が風に揺れている。

ビールが足りなくてもう1本を追加した。

僕らが北アルプスの奥地を訪れるきっかけを作ってくれた人が他界した。


ここ雲ノ平山荘と三俣山荘を舞台にして描かれた黒部の山賊の筆者、伊藤さん。
この一冊を読まなかったらここまでの北アルプス好きにはならなかったかも知れない。

そして三俣で二言三言、会話をさせて頂いた時は夢を見ているようだった。

だから合掌の為にも来たかったのだ。

名物の石狩鍋を腹一杯になるまで食べた。


夕景がやってくる頃に、スライドショーが開かれた。

伊藤さんの写真集、源流の記憶に掲載された数枚をまとめ開拓の歴史を記録した内容だった。