2015年、夏。
水晶岳山頂から小屋に下りた。
稜線の向こうに座る真っ白な山頂が美しくてパトロール隊員の方に、あの山はなんですか?と山名を訊ねた。
あぁ、あれは野口五郎岳です。
そう教わってからすぐ相棒とルートなどを調べ翌年の山行計画のひとつに加えた。
が、2016年の夏は台風の当たり年になり予約していた烏帽子小屋、野口五郎小屋、湯俣温泉の晴嵐荘をすべてキャンセルをして下界で燻って過ごした。
それが正解だったと知ったのは、七倉山荘前から高瀬ダムに向かう乗り合いタクシーの中だった。
乗客のひとりが、高瀬川の橋は今年は大丈夫かと運転手に話しかけた。
なんでも、湯俣温泉まで下山したものの川が氾濫をして橋が水没してしまい渡渉不能になり、また登り返したのだと言う。
運転手は橋の一件を覚えていて経緯を話し終えると、今年は大丈夫だと答えた。
タクシーを下りて濁り沢キャンプ場に渡り、裏銀座ブナ立尾根登山口から入山をした。
当日8月11日は山の日であり、ざっと見渡したところで100人ちかい登山者が集まっていた。
鉄階段を登り、登山道を進むうちに体力に応じて集団が振り分けられ、僕らもやっとペースを保たれるようになった。
北アルプス三大急登どころか日本三大急登と評されるブナ立尾根。
その理由がなんとなく理解できる気がした。水平道が数えるほどしかない。それもわずかな距離で終わり、歩いても歩いても、目の前には坂が待ち構えている。おまけに樹林帯が切れなく風の抜けも悪く、眺望も無い。噂に違わぬまるで修業の道のりだ。
辛いなぁ。と相棒が洩らし、僕はちがうことに辛さを思い出していた。それに比べたら、こんな道なんか…と。
やっと森林限界を超えたのは烏帽子小屋手前になってからで、4時間を掛けて到着した。
晴れて登頂となれば翌日の行動が更に楽になる。次の野口五郎小屋までゆっくり歩いても4時間ほど。途中で昼食を摂っても昼までには到着できるだろうから体力も回復するだろう。
玄関先のベンチに座りその時を待ちながら、相棒にも伝えるか迷っていた。
疲れたか?相棒が言った。
ううん、大丈夫さ。軽く笑んで見せた。
話しておこう。そう決めた。
一時間ほどすると東風が雨雲を払い、谷からもくもくと夏雲が沸き立ってきた。
烏帽子岳が全貌を見せつけた。

