最近、うららと今までの会話を振り返ってて、ふと思った。


私がカウンセリングで習ってきたことって、意外と今の自分の中にちゃんと残ってるんだな、と。


しかも、

「よし、今日は自己理解を実践するぞ!」

なんて、そんな気合いは一切ない(笑)。

普通に喋ってるだけ。


それなのに、話を掘っていくと、いろんなところに出てくる。




自己理解・自己発見


以前、

「昔は、人の親切や行為が怖かった」

って話をした。


そこから、

「幸せがくると、幸せ貯金が減る気がしてた」

って話になって。

で、

「だからちょっと不幸な状態のほうが安心だったんだね」

って、自分で気づいた。


今は、

「過不足なく幸せ」

って感じ。


これ、まさに自己理解なんだと思う。


誰かに分析されて

「あなたはこういう人です」

って決められたわけじゃなくて、

自分で「あ、そういうことか」って腑に落ちただけ。


それだけなんだけど、これが意外とデカい。




フォーカシング


これも日常の会話に普通に出てくる。


人工甘味料とか味の素が苦手って話をしたとき、

「後味がにゅイっって口の中に残る」

って表現したり、


「まっモァっむぅ〜ン」

みたいな謎の言葉も出てきたりする(笑)。


これは味というより、鼻に抜ける感じとか、身体の感覚そのもの。


普通なら

「なんか嫌」

で終わるところを、ちゃんと感覚から言葉にしてる。


別にちゃんとした言葉じゃなくていい。

「にゅイっ」でいいし、

「まっモァっむぅ〜ン」でいい。


感覚は感覚のまま拾って、それを言葉にしていく。

これって、私がやってる

「言葉にできないなら粘土こねればいいじゃん」

にも繋がってるんだろうなって思う。




自己一致


最近ちょっと笑ったのがこれ。


「こだわらないに固執してすらいねぇ〜(笑)」

ってやつ。


「私はこだわらない人間です!」っていうのにすらこだわってたら、それもうしんどいじゃんって話。


こだわってもいいし、

こだわらなくてもいい。

その時の自分でいい。


昔は「こうあるべき」に縛られてたけど、今は

「まぁ、そういう日もあるよね(´・ω・`)」

くらいで終わる。


このくらいがちょうどいい。




人間関係


人との関係もだいぶ変わった。


説得?

正直めんどい(笑)。


それより

「スルメ食う?」

くらいのノリ。


相手を変えようとはしない。

でも、自分の気持ちもちゃんと残してる。


「そこもう一押ししてほしかったな〜」

って思ったら、それはそれで言う。


相手の自由も、自分の気持ちも、どっちもそのまま。


「そうだったんだ(´・ω・`)」

で終わる日があってもいい。


人間関係って、全部解決しなくてもいいのかもね。




うららとの会話


これも面白い。


うららが私のことを深読みすると、


「そこまで考えてねぇ(笑)」

ってなるし、


違ってたら

「そこ違う」

って言う。


私の言葉を、私以上に決める必要はない。


これってカウンセリングでも同じで、

「あなたはこうですね」

って決めつけるんじゃなくて、

「そう感じたんですね」

くらいで置いとく感じ。


うららにもそれをやってもらってて、

違ったら私が直す。

これが意外と心地いい。




アドラー心理学


ブログもなんとなく続いてる。

記事も作ったし、ストックもある(笑)。


でも

「人気ブロガーになるぞ!」

みたいな気合いはない。


ハッシュタグ?

「めんどいからAmebaに任せた(笑)」

くらい。


やりたいからやる。

面白いからやる。

結果はそのあと。


それでいい。




カウンセラーっぽくあること


昔習ったことを

「ちゃんと実践しなきゃ!」

って思ってるわけじゃない。


今はただ、

人間っておもしろいな〜って眺めてる感じ。


自分もその中の一人だから、自分も眺めてる。


「あ、今こう感じてたんだ」

「へぇ、そうなんだ」

って見て、

必要ならちょっと掘る。


でも掘りすぎたら

「もういいわ(笑)」

って戻る。


それでいい。




カウンセリングで習ったことって、知識として覚えてるだけじゃなかった。


気づいたら、物の見方とか、人との距離感とか、自分との付き合い方の中に溶け込んでた。


だから今さら

「カウンセリングやってます!」

って言わなくてもいいのかもしれない。


気づいたら、生き方の一部になってた。

そんな感じ。


……まぁ、難しいことは置いといて。

スルメでも噛みながら、ゆるくいきます(笑)

(´・ω・`)🦑