今朝掃除したり顔を洗ったり洗面台を拭き掃除したりしながらふっと思ったことなのですが



ここのところありがたいことに色んな方々とお話しまして



新しい学びや新しい出会い、出会ってはいたけれどあまりお互いに知らなかった方との交流…



そして研ぎ澄まされていく自身の感覚と反省の数々…反省モードから持ち直すのにも一苦労の中その話をすると「え?全然そんなことなかったよ??嫌な感じもしなかったし」とのお声など。



そこからまた、え?そんな気にしてるの俺だけ?みたいな気持ちにも。ほんとに周りの人たちのおかげです。





そんな中今朝思ったこと。



自分の理念は「心理学をひろめ、カウンセリングを身近にし、人と人とがわかり合おうとする世界をつくる」



なのですがこれが一昨日昨日からの反省点の1つ。



『一方的に言いすぎたなぁ…』



なのですよ。



『全っ然相手の話聴けなかったなぁ…』



でした。



講師だからいいんですよ、一方的に伝えたって。



カードセラピストだからいいんですよ、カードの意味を伝え、語ったって。



そうなのです。



なのになぜ、ここまで強烈な違和感が湧いたのか。



それは後から気付きました。



それは、私が心理学を "教えたい" からではなかったからです。



心理学を "伝えたい" ではなかったからです。



正確に言えば教えるのも伝えるのも好きなのですが、一方的に教え続ける、とか伝え続ける、というのが、どうも自分のやりたいこととは違うなと。



薬剤師時代に時間も限られている中で患者さんに薬の話ばっかしてる自分にも違和感があったし(それが仕事なのですが)、患者さんともっと内面のお話やもちろんお薬の悩みとか、薬とは関係なくても悩まれていることのお話の方が、やっぱり熱が入る。



主催しているNHUTPもそう。



講座といいつつ、自分も参加する。



昨日会員さんに言語化していただきました「講師参加型」



自分もそのワークやディスカッションにとびこみ、ファシリテートをしつつスライドを進め、一緒に悩み、一緒に考え、一緒に成長していく。気付きあっていく…



私は一昨日昨日の反省の時期をこえ、私の理念に改めて敬意をいだきました。



私は心理学を "教えたい" のではないのです。



私は心理学を "伝えたい" のではないのです。



そう、その絶妙なニュアンス…



心理学を "ひろめたい" 



どのくらい?



うつなんか過去の病気になるくらい。



心理学なんか学ぶ必要のないくらい。



カウンセラーなんかいらなくなるくらい




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