脳科学的に、人間にも動物の脳は含まれています。



それは本能を司っていたり感情を司っていたりします。



人間と動物の違いは前頭葉や、理性をもって本能を律し社会性を保つという面もあり。



そんな中で、うつを経験したカウンセラーとして強くお伝えしたいのは



感情はあっていい



ということ。



これは以前にもお伝えしていることでもありましたが、



最近自分が尊敬する方のカウンセリングを受けて気付いたこと、マツダミヒロさんの本から気付いたこと、そしてなりよりのアンサー・答え合わせとして我が家に一緒に住んでもらっている猫様から教えてもらったこと



それは、



感情を感情のままに感じていい



ということです。



森田療法でいう「ありのまま」、禅でいう「第一の矢」というのは



私的には『あるよね…』の世界観なのですが



悲しい時には悲しもう、そういう感じのことなのですが



もしかしたらその本質は私の理解していたよりも先があるかもしれないと。



私たちって、言葉で思考をしているんですよね。



これが便利すぎる反面、そのあまりにも不便な点に気がつかない。



私たちって、言葉で思考をしているんです。



私たちって、思考する時は言葉を使っているんです。



私たちって、形のない見えない感情を言葉で説明するんです。



それは人に伝える時もそうですし、自分で自分のことを考える時にもそうです。



私たちって、「感情」という動物でももっている感覚を、人間しかもっていない「言葉」を使って「思考」をしているんです。



しかもその感情をつかさどる本能の脳を理性の脳で自動反射のように抑制しながら、



感情なんていう、そもそも説明のしようがないものを私たちはお猿さん時代(そして猫様も)そのまま発散・表現するから本来説明することすら必要のなかったものを、社会性の動物であるが故に言葉を使って整理し、説明して、考えている。



この矛盾、自然からしたらこのあまりにも不自然な行い、この不可思議さ、これが人間のすごいところなのですが、、、この不便さに、私は当たり前過ぎて全く気が付かなかったのです。



そして本来のあるがまま…



それは、言葉で置き換えたり言葉で説明したり考えたりしなくても本当はよくて



でもどうしたって説明が求められる社会の風潮があるから



もしもあなたがそんなことに少し息苦しさを感じているようなら



あなたはあなたの内面の時間を過ごす時、感情を感情のままに感じていい、ということ。



このお話はまた関連した記事が書けるネタがいくつかあるので、また後日。