最初、私は自然と、ペットは飼うものだと思っていました。



猫好きの人たちと話していると、中にはこの表現が好きではない方々ともお会いします。



一緒に住んでもらっている。



そう言います。



私はその表現がとてもいいなと思うのです。



今ウチで一緒に暮らしていただいているフーちゃんは、5匹兄弟猫でした。



保護されたのがそのうちの3匹。



人には怯えつつもフーちゃんは兄弟猫とは仲良し。



ウチに迎えた初日、フーちゃんは本当に不安そうに悲しそうに怯え続けていました。



ただでさえ人見知りのフーちゃん。



親とも兄弟とも離れ、野生で増えすぎたら保健所行きで



猫と暮らす、引き取るなんて私のエゴでしかなかったんじゃないか…



それでも、この仔の未来を見届けたい…と切に思ってしまったのです。一緒に暮らしたい、と。



人見知りのこの仔がなぜか私になついた、その初対面で。



その最初の夜は、本当に、本当に、ごめんね…ごめんね…しか浮かばなくて…怖いよね…寂しいよね…知らない場所に自分より何十倍も大きい人間なんてものがすぐ近くにいて…



その分決意も強くなりました。



一緒にしあわせになろうね。



君がもしかしたら得るはずだった素敵な未来を私達が奪ってしまったかもしれない。



だから、一緒に。



一緒にしあわせになろうね。



始まりがあればいつか、必ずくる、最期のお別れの日まで



俺は必ず見届けるから。



君の未来を、必ず見届けるから…



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ペットは飼うものだと思っていました。



猫は飼うものだと思っていました。



事実、世間的にもそうなのでしょう。



ペットショップもたくさんあります。



かわいいです。



何が良いとか悪いとか私にはジャッジなんてできませんが…



少なくとも私はフーちゃんに住んでもらっている、暮らしてもらっている。



そう思っています。