本日は自宅マンションでの気付きです。



立地的に居間からは道路向こうのマンションがよく見えるのですが。



向こうのマンションの人が外に出てこっちを見ていると



私の家の居間をずーーっと見ているように感じる。



結構怖いんです。



けど、実際私の家を覗いてはいないはずなんです。



だってその人は外を見ているだけで、仮にうちのマンションを眺めていたとしても数十の家家の集合の中で私の家だけずーーっと見ているとは考えずらい。



毎回同じ人でもないし。






すると、どうしてこんな錯覚になるのかというと



家の窓が世界を映すには狭いからなんだと気付きました。



例えば、こっちが望遠鏡で月を見ていたとして。



私の目では月しか見えなくなるので、まるで月も私を見ているかのような錯覚にも陥りますが、



月は街全体を、いや宇宙にただ在るだけなんです。



心の窓も同じだなと思いました。



例えば人の嫌な所に焦点をあてていると、その人はまるで嫌な人です。



でもその人は見ていないところで、つまり望遠鏡の範囲外で、良い所があるかもしれません。



人は、ただ在るだけなんだと。







そんなことを考えながらゲシュタルト療法の奥深さを感じました。