建築という仕事をしていて楽しいのは、理想の建築を考える設計の時間はもちろんだが、

やはり、醍醐味は現実にこれからいよいよ立ち上がろうとする建築現場。

(逆に大変なのは、事務的な書類を書いて回る役所巡り)。


威勢のいい職人さんたちが、テキパキと仕事する姿は、見ていて気持ちがいい。

とは言っても、全てが順調なわけではない。

図面通りに行かないこともあるし、施工者側の図面の読み間違い等で、理想通りにできないこともある。

それを調整するのが現場。

建築の世界で、大小問わず、何も問題が起きない現場はないと言ってもいい。

その問題を一つずつ解決していくことで、現場が一体となり、よりよい建築ができていく気がする。

今回は、役所の検査で、ある問題が起きた。

設計・監理者は、施工者(工務店)が施工間違い・手抜きなどしていないかどうか、チェックする。

それをチェックしたうえで、役所にみていただく。

そして、ここである問題が起こった。

役所からのささいな指摘により、現場は今までおこなった作業をやり直しになる可能性がでて、

大混乱となり、まさに戦争映画に出てくるようなやりとりの応酬になった。

あー、これが現場だなと実感した。

自分一人の力ではどうにもならないけれど、現場の人達で知恵を出しあって協力すれば、

この問題もなんとかなると信じていた。

実際、あれこれと意見を出し合った結果、解決方法が見つかって、事なきを得た。

この一件により、設計者も施工者も、今後、同じ過ちをおかさないようにに、対処策を学ぶことができた。

そして、お互い同じ問題を解決できたことで、絆が深まったような気がする。

今は、クライアント(建て主)に迷惑がかからず、事故につながらなければ、

どんな問題も、どんどん来やがれ!と思っている。



池上彰著「伝える力」を読む。

伝える力 (PHPビジネス新書)/池上 彰
¥840
Amazon.co.jp

(アマゾンの広告を貼りつつ、自分自身はいつも近くの図書館で借りている・・・)

家にテレビがないボクでさえ、池上彰の名を頻繁に目にするぐらいだから、

今、彼は何かと時の人なんだろう。

と漠然とした気持ちで手にしてみた本。

本の内容を一言でいえば、

「伝える」ために大事なこと。

それはまず自分自身がしっかりと理解すること。

うろ覚えや不正確な知識、浅い理解で説明しても、相手に響かず、

説得がなかなかうまくいかない。

知ったつもりになっても、実は知らないことは、誰しも山ほどある。

謙虚になれば、それが見えてくる。

逆にいうと、謙虚にならないと何も見えてこないし、成長も上達もしない。

ーーー

この本を読んでいて、なるほど~と思ったのが、言葉のウラにある感情について。

同じ失言や悪口を言っても、嫌われる人と好感を持たれる人がいる。

この違いは何か?

それは「愛情の差」だという。

愛情なく、強いことやキツイことを言うと、相手の心を傷つけてしまうだけでなく、

反感や恨みを買ってしまうことになる。

逆に愛情があれば、ボロクソに言っても反感を持たれないばかりか、たまに

面と向かって褒めると、その意外感から、相手が感激してくれることもある。

愛情が根底にあるかどうか、そして、互いの信頼関係が築かれているかどうかで、

表面上は同じ言葉であっても、相手に与える印象は大きくことなってくるようだ。

ーーー

理屈でない感情について。

ドイツで開かれたサッカーW杯で、日本は予選敗退した。

そのときに、「負けたのに淡々と話す選手に、なんとなく腹が立った」

という声が多々あったそうだ。

理屈でいえば、何も、日本の視聴者向けに「すみません」などと謝る必要はない。

彼らは精一杯やって、その結果、負けたしまったのだから。

それにそもそも、悪いことは何もしていないのだから。

けれども、「期待に応えられなくて、すみませんでした」のひと言を言ってほしかったと

多くの日本人は思ったに違いない。

理屈を考えれば謝る必要はないけれど、ひと言「ごめんなさい」ということで、

事がスムーズに進む場面は、日常的にある。

最近、友人に同じような話を聞いた。

あるA会社が、FAX番号を間違えて、知らない住人に何度も送ってしまったそうだ。

その住人はそのFAX用紙に書かれていたB会社に電話をした。

B会社としては、A会社の間違いをワケも分からず怒鳴られて、少々カチンときてしまい、

事情をアレコレと説明するだけで、謝罪はしなかった。

それが間違いの元だった。

その住人と電話口で長時間の話し合いの末、A会社とB会社が、その住人宅に

訪ねることになった。

そこにあらわれた住人は、スキンヘッド&サングラスのコワモテ系のかたで、

結局、小一時間こってりと説教されたそうだ。

B会社は、理屈からいえば悪くないかもしれないけれど、始めの電話で、その住人の気持ちをくんで、

「ごめんなさい」「すみません」のひと言をいっておけば、ここまで大袈裟な話にならなかったかもしれない。

ーーー

逆に苦情の言い方について。

まずは、自分がどういう者か伝える。

その後、どうして電話をしたのか、全体像が相手にわかるように話す。

自分として、どう対処してほしいのか、その希望・要望を明確に伝える。

話すときには、なるべく穏やかに、落ち着いて、普通の声音で話す。


別の友人の話だけれど、その友人は苦情の電話がかかってくると、

「ありがとうございます!」と答えるそうだ。

苦情は、商品を改善するヒントだからだそうだ。

「危機」という言葉は、「危険」と「機会」からなっている。

ピンチとチャンスは表裏一体なのだ。

ーーー

「伝える力」の定義に戻ると、以上の文章が、これを読む人たちに伝わったかどうかで、

ボク自身が理解しているかどうか測ることができるのかも(笑)。
多少手間はかかるけれど、家で食事を作ったほうが、レストランで食べるより安く済むし、

帰り路の心配もする必要がない。

それに、和洋中かかわらず、自分の好きな食材を自由に選べる。

お酒のつまみを想像しながら店内を物色するのは、週末の楽しみのひとつ。

とはいっても、近所のスーパーは「明治屋」しかない。

寒風の中、安スーパーまで遠出するのも億劫だったので、節約を意識しつつ、「明治屋」に。

店内を歩いていると、早速フツウにはあり得ない値段の豆腐発見!

1丁441円な~り。

そんな高い豆腐買えるか!と思ったりもしたけれど、よくよく考えてみると、

居酒屋で注文するとフツウの豆腐でもそれぐらいするか、と自分自身を説得し、試しに購入~。


さすらいの建築家、時々月光浴

食べてみると、口触り柔らかで少し粘り気があり、塩とともにデザート感覚で食べらる豆腐。

ケーキがワンカット400円前後と考えれば、全然納得の一品。

調べてみると、ネット販売 もしているみたい。

今回、他にも明治屋では、思いがけず、食材をおとな買い。


さすらいの建築家、時々月光浴

キノコset。


さすらいの建築家、時々月光浴

芽キャベツとセルフィーユ(チャービル)。



さすらいの建築家、時々月光浴

生ガキとホタテ。

そして、お酒を飲みながら調理開始。



さすらいの建築家、時々月光浴

ニンニクをオリーブオイルで炒め香りが出たところで生ガキを投入して、さっと炒めるだけで出来上がり。

セルフィーユという香草を初めて食べてみたけれど、パクチーほど強烈ではなく、パセリほど弱くなく、

春菊のような苦味もなく、バジルのような香りもなく、なんというか、

これがセルフィーユ!?・・・というカンジの味。


さすらいの建築家、時々月光浴

こちらもまたニンニクを炒め、ホタテとほうれん草を炒め、

生クリームを入れて、出来上がり(本当はレンジでさらに焼くみたい)。


さすらいの建築家、時々月光浴

白ワインによく合う味。


さすらいの建築家、時々月光浴

今回のワインはこちら。


さすらいの建築家、時々月光浴


さらに冬らしく、ル・クルーゼを使っての料理に挑戦。

挑戦と言っても、テキトーな大きさに野菜やキノコ、ベーコンを切って、鍋に入れ、フタをして、後は

弱火で放置プレー。


さすらいの建築家、時々月光浴

途中、芽キャベツを入れ忘れていることに気付き、追加。


さすらいの建築家、時々月光浴

放置プレーといいつつ、中の様子が気になって、たびたびフタを開けてしまったけれど、

面白いのは、徐々に体積が減っていき、野菜類が変色していくところ。

水は一切加えなかったけれど、底には野菜ジュースのような汁が溜まっていて、

勝手にスープができてしまった。


さすらいの建築家、時々月光浴

余らせてもしょうがないので、トッピングにはなんでもかんでもセルフィーユ。


さすらいの建築家、時々月光浴

デザートは店で購入。

「表参道生カステラ」。


さすらいの建築家、時々月光浴

中は少しトロッとしていて、味は確かにカステラ。

最近、料理も作るようにもなったせいか(?)、外見もケンタロウになりつつある今日このごろ・・・。