はじめまして。弁護士の多田幸生といいます。

 

弁護士は判例を読むのが仕事のようなところがあります。私は、世間の耳目を集めるような事件にはアンテナを張っていて、判決の原文が見つかればそれを読むようにしています。

 

このブログでは、私が面白いと思った事件やその判決を取り上げ、弁護士の目線からの雑感を書いて行こうと思います。

 

記念すべき第一回はこの事件です。

 

http://www.asahi.com/articles/ASJ1T4C8TJ1TUTIL035.html

「土屋アンナさんの主演舞台めぐる訴訟、監督側の請求棄却」(朝日新聞)

 

 

 

女優のAさんの稽古無断欠席が原因で舞台公演が中止になったとして、Kプロデューサーと舞台制作会社がAさんと所属事務所に対し損害賠償を求めた事件です。

東京地方裁判所で判決があったのは平成28年1月25日。

大々的に報道されていましたので、みなさん大筋のことはご存知かもしれませんが、「何事も原典に当たれ」と言います。

判例データベースに判決書の原文が掲載されていましたので、早速読んでみましょう。

  

 

本件の主たる争点は、Aさんの所属事務所がAさんを稽古に参加させなかったこと(Aさんが稽古に参加しなかったこと)について、Aさん側に帰責性がなかった、あるいは正当な理由があったといえるかどうか、です。

 

この点について、東京地方裁判所は、Aさん側に帰責性はなく、正当な理由がある、と判示しました。以下その判示部分の抜粋です。

 

「・・・以上をまとめると、遅くとも平成25年7月22日の稽古までには、専ら原告ら(註:舞台制作会社及びKプロデューサー)の準備不足と権利関係のずさんな管理に起因して、準委任契約の性質をも有する本件契約の基礎となる信任関係が原告らと被告ら(註:Aさん及びその所属事務所)との間で失われており、かつ、たとえ被告会社(註:所属事務所)が被告Aをその後の稽古に参加させたとしても、本件公演をそのまま適法に上演することは法律上も事実上も困難となっていたということができる。

 そうすると、被告会社が被告Aを本件各稽古日(中略)の稽古に参加させなかった行為は、確かに形式的には本件契約4条に違反するものの、被告らの責めに帰すべき事由はなく、正当な理由があるといえるから、債務不履行にも不法行為にも該当しない。」

 

つまりAさん及び所属事務所の完全勝利です。

 

 

 

私が本判決について特に面白いと思ったのは、舞台制作会社とAさんの所属事務所との間で交わされた契約(舞台出演契約)の法的性質について判示した部分です。

 

「主演女優の所属事務所にとって、本件契約は、主演女優を稽古に参加させ舞台公演に出演させなければならない点において請負契約の側面を有するが、ただ単に決められた舞台公演に出演させればよいというものではなく、制作会社がその主演女優に主役を委託した目的である興行収入の最大化等のために、その主演女優の顧客吸引力をもって集客させるとともに、その主演女優の演技力によって観客を魅了しなければならないことからすれば、仕事の完成度(民法632条)と捉えることのできない側面があり、準委任契約の性質をも有するものと解するのが相当である。」

 

東京地方裁判所は、舞台の主演女優の出演契約の法的性質について、単なる請負契約ではなく、準委任契約の性質をも有すると判示しました。

そしてその理由は、主演女優は顧客吸引力をもって集客しなければならないし、その演技力によって観客を魅了しなければならないので、「仕事の完成」という請負契約の尺度では測れない側面があるからだと。

 

うーん、面白い。

芸能に関する法律関係というのは、これまであまり議論がされてこなかった分野のように思われます。

舞台の出演契約の法的性質について判断した裁判例は、これまでほとんどなかったのではないでしょうか。

しかし本判決には疑問もあります。仮に舞台出演契約に準委任契約の側面があるとして、ではそこで委任された事務はいったい何なのでしょうか?

判文を素朴に読めば、顧客吸引力をもって集客することや、その演技力によって観客を魅了することとなりそうですが、こういった芸能に関することを契約上の義務として女優に課すのは野暮では?

 

総じて、東京地方裁判所の判旨はすこし雑であると感じます。

本件はKプロデューサー側が控訴したようですので、東京高等裁判所がどのように判示するか、楽しみですね。

 

 

 

ところで、本件では、Kプロデューサーがその後制作してYouTubeに公開した「ANNA」という楽曲がAさんの名誉を毀損するかどうかも争われました。

 

裁判所は名誉棄損を認め、Kプロデューサーに対し慰謝料等33万円の支払いを命じました。その判示部分は「そこまで言うか」と思うほど辛らつでしたので、これを引用して本記事を締めさせていただきます。長文をお読みいただき、ありがとうございました。

 

「本件楽曲は、専ら被告Aを誹謗中傷して憂さを晴らすために作られて公開され、原告Kの辞任前の代理人弁護士に制止されたため、販売までには至らなかったものと認められる。歌詞(中略)は、公共に関する事実でも公益目的に出たものでもなく、また確かな根拠に基づいて指摘したものでもない、単なる人格攻撃である。」