「大丈夫?」

 

何が大丈夫なんだろう。

体調は見ての通り優れないし、気分もかなり最悪に近い。

それに、こいつに大丈夫?と心配される筋合いは無い。他にかける言葉が見つからないからとりあえず会話の繋ぎとして言ったのだろう。

だけど、会話する事そのものを否定していたら、こいつと付き合っている私ごと否定してしまう気がする。

だから私はこう答えるしかない。

 

「大丈夫。」

「無理すんなよ。」

「うん。」

「何杯飲んだんだっけ。」

「生7杯と、ウイスキー5杯と、日本酒を…忘れた

「飲み過ぎ。」

「うるさい。」

 

 

夜の繁華街を抜けて、なるべく明るい大通りを選んで歩いているはずなのに、気付けば周囲の人影は少なくなっていた。まだ二十一時を超えたばかりだというのに。見上げた電柱に「北区祭り」と幕が貼られていて、そんな祭りがあったのかと今頃になって初めて知った。

今から行ったところで、祭りは終わっているだろう。

3年くらい前だったか、もっと前、付き合い始めた頃だったか忘れたけど、こいつと祭りに行ったときのことを思い出した。

 

気合を入れて浴衣を着てきたにも関わらず、まさしく着の身着のまま、と言うかそれは寝巻きでは?というほどの体たらくでいたので、私の気合がなんだか惨めに浮いてしまったこと。

屋台を一つ一つ吟味し、あの店は原価より300円程度高い、あの店で買うよりスーパーで買ったほうが安い、綿菓子は食べづらいから嫌だ、と駄々を捏ねるばかりで結局何も買わなかったこと。

祭りも終わりに差し掛かり、そろそろ帰ろうかという時に、やばい、携帯を落としたと騒ぎ立てるので、来た道をもう一度引き返して探しているうちに足が攣り、やがて辺りに誰もいなくなった頃に鞄から携帯が出てきたこと。

 

碌な思い出が一つとして出てこなかった。もうだいぶ前のことなのに、今になって沸々と怒りが湧いてくる。情緒を学んでから出直せ。祭りの屋台で原価率を求めるな。帰宅した後に、慣れない浴衣を乱暴に脱ぎ捨てた深夜の苛立ちが蘇る。

 

 

「祭りやってるんだ。」

「もう終わってるでしょ。」

「そうだな。行きたかった?」

「別に。」

「だよな、お前、人混みとか嫌いだしな。」

「そうだね。」

「あ、コンビニ寄るから。」

「うん。」

 

祭りに行きたくないのは人混みのせいじゃなくて、あんたが駄々を捏ねるからだし、そもそも行きたくないとは一言も言っていない。

「あ、コンビニ寄るから。」じゃなくて、「コンビニに行きたいので、こっちの道に進んでもよろしいでしょうか?」だろ。いつまで相手側に意図を察させるような言葉遣いをするつもりだ。今年で26だろ。小学20年生かお前は。

言いたいことは言わなくても全部伝わると思うなよ。

 

 

「待ってて。」

「うん。」

 

こうして私はいつものようにコンビニの前で待たされる。別に、何も言われなくとも外で待つことには違いないんだけど、「待ってて。」と言われて待つのは、なんかちょっと違う。なんだか自分があいつの飼い犬になったような気分になって虚しくなる。

だったら一緒に入店すればいいんだけど、特に買うものも無いのに買い物に付き合うのも馬鹿らしい。店員や他の客に、カップルだと思われるのもなんだか恥ずかしい。ましてや、ベタベタくっつきながら店内をアホ面で闊歩するカップルと一緒にされでもしたら最悪だ。一緒にしないでほしい。

 

めんどくさいな、と自分でもわかってる。

めんどくさい性格だけど、自分が我慢すれば、もっとめんどくさいことにならないで済むから。そんな言い訳をしてしまうこと自体がなんとなく情けなかった。

誰に言い訳をしているのだろう。あいつに?

 

隠し事をしているつもりはないのだけど、なんとなく言いたいことはいつも口の中で淀んでしまう。言いたいことを言わないのは私も同じなのだ。ずっと前からお互いに見て見ぬ振りをしてきた壁があって、その壁に触れることにお互いずっと消極的でいる。このままではダメだと気付いているのに。

 

遠くで明かりが咲いた。打ち上げ花火は遠すぎて、感動するには物足りなさすぎた。さらに手前に見える光は、駅前の小さい商業施設に隣接する観覧車の明かりで、精一杯光って回っている。たいして何もない町で、唯一の特別を主張しているかのようだ。そんなに無理しなくても良いのに。

 

 

「うい。」

「ん。」

「これ。飲む?」

「あ、うん。…硬水の方が良かったな。」

「わがまま言うなよ。」

 

 

ただ待っていても、特別はやってこない。狭い視野の中で大人しくあるものを消費するだけのそれをただ日常と呼んで、またしょうもない思い出にしてしまうだけで。

 

 

「あ。」

「何?」

「あれ。こんな時間でもやってるんだな。」

「うん。」

「夏だからか。」

「夏だからかもね。」

「乗りたい?」

「えー。」

「今から行けば間に合うかもよ。」

「あー。」

「どうする?」

「…気分じゃない。」

「そっか。」

 

 

駅に着いて、いつものように短い会話をして、別々の電車に乗って別れた。ホームは割と混んでいたけど、自分の周りだけ誰もいなくて、ぽっかり穴が空いている。やって来た電車に乗る気が起こらなかった。

携帯の液晶に「やっぱ乗りたい」と打ち込み、メッセージを送ると、遅いわ、もう電車乗ったんだけどと返ってきて、それからすぐに、今から戻るから、とメッセージが来た。

鞄からペットボトルの軟水を取り出し、口に含むと、もう電車は走り去った後だった。生ぬるい風がやけに気持ちよかった。

 

 

 

終。