人生には、


何かを諦めざるを得ない場面がやってきます。

 

それは、今まで頑張ってきたものを、


ある意味では手放すことでもありますから、


さまざまな感情が渦巻くのは当然です。



特に、

諦めに伴う感情で最も大きいものは

「絶望」

ではないでしょうか??



たし蟹!!

諦めにはある種の絶望が伴うのは

当然の事です。


人を支える仕事をしていると、


こうした絶望の場面に立ち会うことがありますよね。



霊能者とかスピリとかやってたら、

今まで上々の人生で、

そうじゃない人はニセモノだーーーーーーー!

と、

糾弾されがちですが、

それでも言うけどね

ワタクシ自身も今までの人生でたくさんのことを諦め

そして、

何度も絶望感を感じてきました。

だから分かる、理解できる境地ってあります。

ちょっと考えたらわかるけど、

50年も60年も生きてきて、

「なーーーーーんも、ないわよ!!」

なんて人、居ませんからね。



その絶望の瞬間。



「ぜんぶ終わった」

「もう何も残っていないわ」




という絶望感を、

幾度も強く感じてきました。



ここであなたに質問です!!

はたして!!

絶望は!!

絶望でしか終わらないのか!!!!!

 

 

 

 

 

こんばんは!

 

ご訪問ありがとうございます。

 

龍神様の霊能者 ユカコです。

 

 

 

 

 

あえて、始めに答えっぽいことを書きます。



どこかに「希望」がないとね、

人は絶望できないんです。


です。です。です。



絶望があるということは、

ココロのどこかに

「なんとかしたいわ!」

「立ち直ろう!!」

という感情が必要なんですな。



そして、

そこにはまだ

「自分を大切にしたいわ」

「大切と思われる自分でありたいのよ」


という氣持ちもあります。

つまり、

じぶん自身に対する希望なんです。



その氣持ちがあるからこそ

逆説的なんだけどね、

絶望は深く悲しいものとなるわけです。



逆に言うと、

「なんとかしよう」

とか

「立ち直ろう」

という氣持ちが全くわかない状態が、

いわゆる

「自暴自棄」



「諦念」

と呼ばれるものになるわけ。

この場合、

じぶん自身に対する希望は全くないです。



だから、

絶望は悲しい氣持ちや体の感覚を感じますけどね、

駄菓子菓子!!

まだ希望は残っているってわけです。



その一方、

自暴自棄や諦念ってーのは、

悲しい氣持ちも痛みも、あんま感じない。

その代わり、

希望も存在しない。



絶望を感じざるを得ない場面で

めっちゃ大切になるのは、

「その絶望を感じ切ること」

です。

そのプロセスは1人で出来ることもあるでしょうし、

難しいケースもあるでしょう。

もし、

1人でそのプロセスをするのであれば、

思いっきり泣いてください。

それこそ、涙が枯れると例えられるほどに。



もし、

それが難しいのであれば、

絶望を共有できる誰かと共有してください。



もしかしたらあなたも、

「共有する側」に居ることもあるかも知らぬ。

その時は、

こういう場面では、


解決のためのアドバイスを急がないこと。


まずは、その絶望に肩を寄せて共有すること。


それが何より大切です。



断言します。


絶望しきった先には、


ようやく“本来ではないもの”を降ろせる自由が残っています。


その自由こそが、次の希望のはじまりです。





絶望を共有される側の姿勢についても、

ちょっと書いておくわね。



カウンセラーやコーチ、占い師として活動していると、


こうした絶望を、クライエントさんと共にする場面があります。

そうした場合、

どうしても!!

反射的に!!!

その絶望を何とかして解決しようとして、

絶望を緩和するアドバイスをしたくなる衝動に駆られるもの
ですし、

相手もそれを求めているからここにいるんでしょ?

的な?



しかし、

こうした場面で、安易に絶望を緩和しようとすると、


その人が感じ切る力を奪ってしまうことすらあります。

クライエントさんには、

絶望から立ち直るちからってのを、

ちゃんと持っている
わけです。



だからこそ、

クライエントさんのそのちからを信じながら、

絶望に「共感」し「促進」して「共有」する!!

これです。

「促進」ってナニ

と思われた方もいらっしゃるでしょう。

これは、

クライエント、相手などを追い詰める!!

という意味ではないですよ。

そうじゃなくて、

その「絶望」という思いの中にある、

様々な感情を言語化できるようにしていく!!


ということ。



例えばね。

「あなたのキモチをもっと理解したい!
 だから、
 お話しできる範囲からお話しくださいますか?」



「今のキモチをもう少し言葉にすると、
 どんな言葉になりますか?」



「ただただ悲しい、わよね。
 その思いはよく分かります。
 あなたの立場になれば当然のことです」



「あなたは本当にツラい状況になっているわよね。
 その感情をもっと感じても良いんです。
 強くなる必要はありませんよ



こんなふうに聞いてあげながら矢印を向けてあげて

相手の絶望が十分に深まると、

次第に希望も芽を吹きだしてきます。


それを静かに共感的でありながら、

じっと待ちましょう!

 

 

ワタクシは思うのです。


起業や対人支援の現場でも、


人が止まってしまうとき、


その奥にはこうした絶望が横たわっていることが少なくありません。

 

けれど、そこで必要なのは、


安易な励ましでも、

 

表面的なテクニックでもない。


その人の本来の流れと、

 

今立っている場所を見極めること。

 

とくに、


「もう十分に動いてきたのに、なぜか止まっている起業家」には、


この視点が欠かせないとワタクシは感じています。

 

テクニックの不足ではなく


もっと深いところで止まっていることがあるからです。

 

 

 

次回は、
その“止まり”がなぜ起きるのかを書きます。

 

 

挑戦と貢献、

 

遊び心を忘れずに。

 

 

 

奇跡☆灯台倶楽部

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