龍神様の霊能者 ユカコ・デラックス
まだ名のない痛みを読み、あなたの違和感に輪郭を与える。
私は、龍神様とのご縁を核に、見えない領域も含めて人の本質と状況を見立てる霊能者です。
誰にも言い切れない痛みや迷いの中で、本人も言葉にできなかった違和感に輪郭を与え、
その人が自ら選び、次の一歩を現実に移せる形へ整えることを役割としています。
1. 私がお手伝いできること
私がお手伝いできるのは、ただ励ますことでも、ただ不思議なことを語ることでもありません。
誰にも言い切れない痛みや迷いの中で、なぜ何度も同じ苦しみを味わうのか。
なぜ、自分の中で譲れない価値観や学びがあるほど、孤独や迷いが深くなってしまうのか。
その理由を、
見える領域だけでなく見えない領域も含めて見立て、
本人も言葉にできなかった違和感に輪郭を与え、
自ら選び、次の一歩を現実に移せる形へ整えることです。
恋愛でも、仕事でも、人間関係でも、生き方でも、
表に現れるテーマはさまざまです。
けれど私が見ているのは、その奥で起きている痛み、迷い、そして流れのズレです。
2. どんな方の専門家か
私が主に向き合っているのは、
これからどう在りたいのかを見失いかけ、立ち止まっている方です。
何度も同じ苦しみを繰り返し、
譲れない価値観や学びがあるからこそ引き返せず、
理性だけでは整理できない感情の置き場を失っている。
自分の中の嫌な部分や、言葉にしづらい感情まで見えてしまうのに、
それでもどこかで光に反応してしまう。
見えない世界を軽んじたくはないが、
依存や盲信にも行きたくない。
今の自分に何が起きているのかを知り、自分で選べる状態へ戻りたい。
私は、そういう方の見立てを行っています。
3. 私の専門分野
そうした方に向き合うとき、私が大切にしているのは、
見立て、言語化、現実化の三つです。
表に現れている問題だけでなく、その奥で何が起きているのかを見立てること。
本人も言葉にできなかった違和感や、まだ名のない痛みに輪郭を与えること。
そして、
見えてきたものを気づきで終わらせず、
自分で選び、
現実で扱える次の一歩へ整えること。
この三つを切り離さずに扱うのが、私の仕事の軸です。
ここから少し、私自身のことを書きます。
4. なぜ、この仕事をしているのか
こうしたやり方にたどり着いたのは、最初から明確な答えを持っていたからではありません。
龍神様との縁に戸惑い、問いの答えを探して世界を巡り、現実社会で働き、病と死の気配に触れ、
見えない世界と人の限界の両方を身体で知る中で、少しずつ形になってきたものです。
4-1. 龍神様との縁は、14歳で始まった
誕生地由来の龍神様と出会ったのは、14歳のことでした。
そこから師のもとで修業を重ね、20歳で独立。霊能者としての道を歩み始めました。
ただ、最初から「これが自分の道だ」と受け入れられていたわけではありません。
10代の私にとって、龍神様との縁はどこか怖さを伴うものでした。
一生ものの縁を背負うとはどういうことなのか、自分がなぜその役目を持つのか、
当時はわからなかったからです。
だからこそ私は、与えられたものをそのまま信じるのではなく、
自分の足で確かめに行きたいと思いました。
その問いの深さが、今の私の原点になっています。
4-2. 問いの答えを探して、世界へ出た
大学時代、私は世界各地の聖職者やミディアム、シャーマンを訪ね歩きました。
ヨーロッパの教会、アメリカ大陸、そして南米。
龍神様との縁をどう受け止めればいいのか、自分なりの答えを探したかったのです。
イタリアの教会で出会った文化人類学の先生に導かれ、
アマゾンのシャーマンと生活を共にし、その後はペルーにも渡りました。
そこでは土着の儀礼、薬草、死生観、見えない世界との向き合い方に深く触れました。
人がこの世を離れる瞬間に頭から抜ける光を見たこともありますし、
光源のない闇の中で「見る」という感覚を教わったこともあります。
その旅が、当時の私に明快な答えをくれたわけではありませんでした。
けれど、
そのとき見たもの、感じたもの、身体で覚えた違和感や驚きは、
30年以上を経て、今の見立ての土台になっています。
4-3. 現実社会では、別の道を歩んでいた
霊能者としての仕事を続ける一方で、現実社会ではITエンジニアとして働いてきました。
要件定義、設計、進行管理に従事し、外資系企業ではマネージャー職も経験しました。
一見すると、霊能者の仕事とエンジニアの仕事はまったく別のものに見えるかもしれません。
けれど私の中では、ずっと同じことをしていました。
複雑に絡み合った状況を整理し、何が本質なのかを見立て、次に動かせる形へ落とし込む。
その構造は、霊能の世界でも、現実の仕事でも変わりませんでした。
見えたものを感覚のままで終わらせず、
現実で扱える形へ整える力は、この会社員時代の経験の中でも育っていきました。
4-4. 45歳で、癌が見つかった
社会的には順調に見えていた時期に、癌が見つかりました。
その後、鬱も発症し、命の時間と社会的な立場の両方が揺らぐ、
などという生易しいものではありませんでした。
自分という存在そのものが崩れていくような感覚の中で、
「なぜ私が」という怒りと、
未来はもうないのだという喪失感、
そして冷たい死の気配が、24時間いつでも隣にありました。
それまでの私なら、状況を整理し、問いを立て、次の一手を考えようとしたはずです。
けれどそのときは、自分がどう生きていくのかを根本から問い直すための冷静さも、
自分の強みだと思っていた構築力も、何も残っていませんでした。
その果てに、
私は一度、自ら命を絶とうとしました。
生きていること自体が奇跡だと言われるほどの出来事でしたが、
代償として大きな傷が身体に残りました。
けれど今は、
その傷も、癌の手術痕も含めて、
私が生き抜いてきた履歴であり、ここまで戦ってきた証だと思っています。
4-5. ミャンマーで、人の限界と尊厳を知った
癌と鬱を経て、私はミャンマーへ渡りました。
最初に入ったのは町寺院でした。
静かな環境の中で自己と向き合う時間を重ね、その後、森林寺院へも入りました。
森林寺院は、日本人が想像するような癒やしの場ではありませんでした。
日中は40度を超える暑さ、夜になっても下がらない気温、逃げ場のない環境、不自由な生活、
限られた食事、選択権のない日々。
そこで私は、精神世界の尊さと同時に、人には人としての限界があり、
自由や身体感覚や選べることそのものが、どれほど尊厳に直結しているかを骨身で知りました。
一度その苛烈さを知ったうえで、
私はもう一度その場所に入りました。
余命宣告を抜けたあと、自分がまだ生きていることを、
身体の底から確かめたかったのだと思います。
この経験を通して、私ははっきり知りました。
見えない世界はたしかにある。
けれど、
それを理由に現実や身体や尊厳を軽く扱ってはいけない。
だから今の私は、見えない世界を粗末にせず、
しかし現実を置き去りにしない形で人を見たいと思っています。
4-6. 五十を過ぎて、若い頃の体験がつながった
若い頃、アヤワスカの体験の中で、
時間も広さもわからないのに、文字のようなものがびっしりと刻まれているのに読めない、
そういう空間を見たことがありました。
当時の私には、その意味がまったくわかりませんでした。
けれど五十を過ぎたある時、ふとその光景を思い出し、
「ああ、ここだ」と
腑に落ちたのです。
若い頃に見たものと、その後の経験が、そこで一つにつながりました。
若い頃には意味のわからなかった体験が、
何十年も経って初めて、自分の仕事の核として理解できる。
私はそういうふうに、
自分の歩みを通して少しずつ見えてきたものを扱っています。
4-7. 龍神様と、共に歩んできた
霊能者は、神様や霊的存在の言葉を受け取って伝える「チャンネル」として説明されることがあります。
それは、まったくの間違いではありません。
私も、龍神様の言葉を、私が扱える言語に翻訳して届けています。
ただ、私は単なる通り道ではありません。
14歳から龍神様に育てられ、叱られ、守られながら、
人としての立場を失わずに霊能者として歩んできました。
見えたものをそのまま語るのではなく、人が受け取れる言葉にし、現実で扱える形へ整えること。
その役割は、長い時間の中で少しずつ育ってきたものです。
人は愚かです。
迷いもするし、間違いもするし、望ましくない方向へ進んでしまうこともあります。
けれど同時に、人は簡単に片づけられない尊さを持っています。
その愚かさも、迷いも、痛みも含めてなお、
人は自分の在り方を問いながら生きていく存在なのだと思っています。
5. 霊的な見立てと、心理と、現実的な整理を、一体として扱う理由
私は、霊的な見立てだけで人を見ようとは考えていません。
同時に、
心理的な理解だけで十分だとも、現実的な整理だけで足りるとも考えていません。
そう思うのは、ここまでの歩みの中で、
そのどれか一つだけでは届かない場面を何度も見てきたからです。
若い頃には、世界各地の聖職者やミディアム、シャーマンを訪ね、
土着の儀礼や死生観、見えない世界との向き合い方に触れました。
現実社会では、ITエンジニアとして、複雑に絡み合った状況を整理し、
要件を定義し、現実で動かせる形へ落とし込む仕事を続けてきました。
さらに、
癌と鬱を経てミャンマーでの瞑想修行に入り、
人の限界や尊厳、自由を奪われることの重さを身体で知りました。
その過程で、上級心理カウンセリング、家族療法、NLP、催眠療法も学び、
実際のセッションの中で必要に応じて活かしてきました。
振り返ると、私が遠回りのように見える道を歩いてきたのは、
人が本当に苦しむ理由を、自分の体で確かめたかったからなのだと思います。
人が苦しむのは、目の前の出来事だけが原因ではありません。
言葉にならない傷や絶望が動いていることもある。
思い込みや家族関係の力学が影響していることもある。
現実の選択や環境の整理が追いついていないこともある。
そして、
見えない領域も含めて、その人本来の流れから外れてしまっていることもあります。
だから私は、霊的な見立て、心理的な理解、現実的な整理を切り離して扱いません。
三つを一体として扱うことで、本人にも言葉にできなかった違和感が整理され、
自分で選べる状態へ戻っていけることがあるからです。
それが、今の私にとって最も無理がなく、最も実効性のある方法です。
6. 変化は、こんなふうに起きてきた
これまで2,300件以上の相談に携わってきました。
表に現れる相談内容は、恋愛、仕事、人間関係、家族、生き方とさまざまです。
けれど、私が見てきた変化には、ひとつ共通していることがあります。
それは、表面の問題をそのまま押し切って解決したというより、
その奥にあった違和感や流れのズレに輪郭が生まれたとき、
本人の選択と行動が変わり、結果として現実も動き出していったということです。
たとえば、夫の不倫に苦しみ、自分の人生まで見失いかけていた方がいました。
その方は最初、夫婦関係の苦しさをどうにかしたいという思いで来られました。
けれど見えてきたのは、夫婦の問題だけではありませんでした。
長いあいだ後回しにしてきた思い、自分の生き方への違和感、
自分の人生を自分のものとして引き受けきれていない苦しさが、そこに重なっていたのです。
そこに言葉が与えられ、少しずつ自分で選べる状態に戻っていった結果、
その方は夢だった仕事で独立し、夫婦関係も穏やかに立て直していきました。
また、
事業継続に行き詰まり、先が見えなくなっていた経営者の方もいました。
その方の場合、問題は売上や集客の数字だけではありませんでした。
何を守り、何を手放し、どこへ向かうのかが、自分の中で定まりきっていなかったのです。
見立てを通して本当に守るべきものが整理され、進む方向が定まったことで、
縮小と高付加価値化へ舵を切る決断ができるようになりました。
結果として、予約の取りづらいホテルへと転換していきました。
こうした変化は、私が誰かの歩みを代わりに動かしたから起きたものではありません。
あくまで、その方自身が、自分で選び、自分で動いた結果です。
私の役割は、その人がそうできる状態へ戻るための見立てを行い、言葉を渡し、
現実で扱える形へ整えることにあります。
表に現れる相談内容はさまざまでも、私が見ている根はいつもひとつです。
痛みや迷いの奥で起きている、その人本来の流れとのズレが整ったとき、
人はようやく自分の歩みを自分のものとして選び直せるようになる。
私はこれまで、その瞬間に何度も立ち会ってきました。
けれど同時に、
変化が起きるからといって、どんな関わり方でもよいとは思っていません。
見えない世界を扱う以上、私はこの仕事において、譲れない一線を持っています。
7. この仕事の、譲れない一線
この仕事は、
誰かを依存させるためのものではありません。
答えを預かり続けるためのものでもありません。
私は、見えない世界を粗末にしたくありません。
人の苦しみや違和感の中には、
目に見える理由だけでは届かないものが確かにあるからです。
だからこそ、見えない領域も含めて見立てます。
けれど同時に、そこに呑まれることも望んでいません。
見えない世界を理由に、現実や身体や尊厳が軽く扱われることには、強い違和感があります。
人が自分で選ぶこと、自分の足で進むこと、日々を自分の感覚で生きること。
そうしたものを奪ってしまう関わり方は、
たとえ善意から始まったとしても、私がやりたい仕事ではありません。
私がしたいのは、その人の歩みを代わりに決めることではなく、
その人が自分で選べる状態へ戻るための見立てと言葉を渡すことです。
そのうえで、
どのように進むかを決めるのは、あくまでその人自身です。
また、私は目の前の願いをそのまま増幅したいわけでもありません。
願いには、その人を本当に生かすものもあれば、
苦しみや執着から生まれているものもあります。
だから私は、
ただ「叶うかどうか」を見るのではなく、
その人の胸の奥にある真の願いが、
どの形なら本来の流れに沿って通るのかまでを見たいと思っています。
龍神様と40年を歩む中で、何度も叱られ、何度も立ち止まり、何度も考え直してきました。
その中で譲れなくなったのは、
見えない世界を軽く扱わないことと、人としての立場を失わないことです。
人は愚かでありながら、美しい唯一の存在です。
自分の在り方を問い続ける限り、そこには守るべき尊厳があります。
私は、その尊厳を削らない形で関わりたい。
それが、この仕事における私の譲れない一線です。
8. 初めての方へ
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
もし今、仕事や人間関係、恋愛、これからどう在りたいかということで立ち止まっていて、
頭では整理しきれない違和感や、
誰にも言い切れない痛みを抱えているなら、まずはブログを読んでみてください。
見えない要因も含めて本質を見立て、混乱していたものに言葉を与え、
現実が動く形へ整えることについて、日々の発信の中でも書いています。
そのうえで、
「この人の見ていることを、もう少し深く知りたい」
「今の自分の違和感を、きちんと見立ててもらいたい」
「自分の中で何が起きているのかを整理し、次の一歩を決めたい」
そう感じた方は、セッションにお越しください。
サービスの範囲、依存防止の方針、境界線、特定商取引法に基づく表記については、
「安心してご利用いただくために」に詳しく記載しています。
お申し込みを検討される際は、そちらも必ずご確認ください。
9. よくあるご相談
私のところには、恋愛、仕事、人間関係、生き方など、
さまざまな入口からご相談が寄せられます。
たとえば、こんなご相談です。
- 恋愛や夫婦関係の問題のように見えるけれど、もっと根の深い違和感がある。
- 頑張っているのに、なぜか何度も同じところで止まってしまう。
- 仕事を続けるべきか、方向を変えるべきか、自分の中で決めきれない。
- 人間関係の苦しさが、昔から何度も形を変えて繰り返されている。
- これからどう生きるか、自分の中で整理がつかない。
- 見えない世界を軽んじたくはないが、依存や盲信には行きたくない。
- 自分の本当の願いが、どの形なら通るのかを見極めたい。
- 頭ではわかっているのに、なぜ前へ進めないのかわからない。
ご相談の入口はさまざまです。
ただ、その奥にあるものまで見たいと思ったときに、
私はお役に立てるのだと思っています。
絶世黎明――唯一の存在の、あなたの夜明けを願って。

