気づけば6月ももうすぐ終わりですね。早いです。
6月は、和風月名では「水無月」。
6月はかーくんが日本にいないから「和己無月」だよ?
10月、「神無月」。これまた「和己無月」―――
??
違うな。
ここでの「無」は「の」を意味するんだった。
そっか。じゃあ、和己の月か。そっちがいいな。そっちが合ってる。
かーくんがどこにいようが、年がら年中、和己の月![]()
6月、私がブログをサボっている間も、かーくんはずっといてくれましたね♡
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先日「推し」について考えました。
「前は推しがいたけど、今はいない」
「やめたんです。この年で○○推しはヤバいなと思って」
「降りたんです」
といった話を聞きまして。
不思議に思いました。
彼らは、まるで自分の意思で推し活をやめた、担当を降りた、ように話すのです。
どうして…
どうして、それができるのでしょうか。
今日この日を持ってこの人を好きでなくなります・応援やめます、と切り替えられるものなの?
私が今「推し」と聞いて思い浮かべる人物はひとりしかいませんが、もはや自分の意思でその人を切り離すことができるとは思えない。子供の頃に一度ブームが過ぎ去り離れたけど、結局また戻ってきて昔よりさらにこじらせていますからね。
ブーム的な「好き」だったらそうなるのかな?たとえば、推しスイーツがあったけど食べ飽きちゃったから今はもういいや、みたいな。
そもそも「推し」の定義は人によって少しずつ違うものと思いますが、ウィキによると、
推し(おし)とは、主にアイドルや俳優について用いられる日本語の俗語であり、人に薦めたいと思うほどに好感を持っている人物のことをいう。
以前、転職する時に職場のひとたちからもらったメッセージの中に「○○さんは私の推しでした」という一文がありました。私はその同僚に特別何かをした覚えはなかったけれど「一緒に働けてよかった」の現代的なフレーズと受け止め、こそばゆくも嬉しく思いました。私にとっても同僚は「推し」でしたしね^^
この「推し」の使い方はたぶんウィキの定義からあまり離れていないと思います。「誰かに薦めたい人物」=「推し」。
さて。
私にとってかーくんは「推し」だろうか。
かーくんが
おまえらの「推し」は俺だろ~?
と言えば
諸手を挙げてYes!なのですよ。
ライブに行くことが「推し活」と言われるのも、そんなに違和感は感じない。
だけど、「推し」だけではない、というか。一過性の好きとはちょっと違うし、自分でコントロールしきれない何かがあるから。
無理に名前を付ける必要なんかないんだけど、私にとってかーくんはどういう存在なんだろうと思って、すぐに頭に浮かんだのは
「胸に住んでる君」
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6月25日、ポニーキャニオンが光GENJIの結成39周年を記念し、デビュー曲『STAR LIGHT』のMVショートバージョンを公開しました。
なんということでしょう。
令和8年の今、”Official”!!
そもそも私は『ガラスの十代』から覚醒したので『STAR LIGHT』の公式 MVを、この日までちゃんと見たことがなかったです。当時は、YouTubeはもちろんMVがばんばん流れるような番組がなかったと思うし。
伝説のアイドルをリアルタイムで見ていた世代なのに、初めて知るグループの映像を見るかのようでした。
そして気づいた。
何回出逢い直しても、
— 77iroc (@77iroc) June 25, 2026
同じ人を好きになる。#光GENJI #諸星和己
https://t.co/yTtsPFRr8S



