深夜まで色々な説明を受け、ヨメに説明して、病室にヨメを送って家ついたのは、
もう日付が変わっていた。
この日ほど、ヨメと一緒に居たかったことはなかったね。

ヨメの事も心配だったし、俺も不安だったから。。。

夜、友達から、「生まれたか?」のメールにどうしようかと考えていたが、送らないと凹んでる
と思われるのが嫌で、メールした。
こういう時の友達はいいもんよね~~

みんな、なんか手助けできることあれば言えよと。。。ありがたい。。。

一人のやつの電話が一番印象に残ってるな。。。
俺 「ダウン症だった。。。」
友達 「うそだろ?? 検査もう終わったの?」
俺 「いや、まだだけど、あの顔はもう確定だろ」
友達 「いやいやうそでしょ? なんかの間違いじゃね?? いやお前に似てるだけだろ!」
俺 「そ、そうかな?。。。」
友達 「そうだろうよ! だからさ、お前に異常に似てるだけだろ! だってお前の顔ダウン症っぽいもん!」
俺 「お、おう。。。そ、そうかな?」
友達 「そうに決まってる! お前の顔変だもん! 目細いし、鼻変だし!でこ広いし!」
俺 「お、おう。。。」
ちょっとまて!ちょっとまて!



普通に聞いてたけど、これって慰められてんのか俺は??



ん?ん? 彼なりに慰めてるのかもだけど、だんだん俺が傷ついてきた。。。。



やわらぐような、傷つくような~~~。。。複雑だったぜ~~。。。
まー凹んだけど、友達と話しているうちに、気も楽になった。
嫌な事、落ち込むことがあっても、すぐ立ち直れる俺は、
ダウン症だったら何ができるんだろう?
と考えたよ。
産まれる前まで、考えていたことはほぼできないだろうなと。
でも、ダウン症ならではの楽しい事があるはずと考えた結果



真っ先に頭に浮かんだのは、24時間テレビ!!
あのテレビほとんど見たことないけど、
今日ほど力を与えてくれたことはなかったね!!
よーーーーしっ!出たろうやないかい!!

8月は毎日黄色いTシャツ着たろうやないかい!!

徳さんに会ったろうやないかい!!

24時間走ったろうやないかい!!

FAX用紙のゴールテープ切ってやろうやないかい!!

サライ歌ったろうやないかい!!

娘にはパパと呼ばせず、「徳光さん」と俺を呼ばせたろうやないかい!!

あのテレビの存在意義が、36年目にして初めてわかったね!!
俺は出るよ!

娘とでるよ!

世界一有名な娘にするよ!

見てろよ! プロデューサー!

いや!プロデューサー様!

そんなこともあり!
娘の名前は、ダウン症→24時間テレビ→サライの「サラ」に決定!!

障がい者を隠すような、親にはなりたくないね!
娘の為にも
全ての障がい者の為にも
俺がこれからやることは、どんな人も暮らしやすい世の中に変えていくこと!!
その使命が俺になったんだね!
やったるで~~~!

ありえんくらい、稼ぐ

娘が困らないようにお金をためる

もっと稼いで、財団作ってやる

障がい者とその家族がより良い暮らしができるようにね!

俺の気持ちは決まった

あとは、有言実行男になるだけ

産まれてきた時は、どうしようかとお先真っ暗になったけど、
これから生きる意義がより明確になってよかった!
早く、娘退院しないかな~~




