最近、私は五十肩になった。いや待てよ、四十肩かな? もう少しで62歳になるのでやっぱり五十肩だろうね。もう五十肩にはならないかと思っていたが、誰でも通る道なのだろうか? 最初は寝違えたかなと思っていたが、寝違えだと一週間程度でよくなるのに、だいぶんだっても痛さが消えないので、整形外科に行ってみたら五十肩だという。どうも医者先生ははっきり言わないが、レントゲンを撮ってみてなんともないようだけれど、本人が痛いと言っているし、どうも患者が60歳を超えているので、それじゃ五十肩だろうという、消去法で病名を決めたらしい。どうも頼りない先生だなと思ったり、そんな程度で病院に行った自分も情けないなんて思ったりしたものだ。しかし、ふつうの動きをしている時はいいのだが、服を着たりナップザックを背負ったりする動作をすると、とんでもなく痛い。普段通勤にジャケットと着てその上にナップザックを背負って会社に行くし、その他パジャマに着替えたりするから、一日10回以上は痛い思いをする。その上、夜寝ている時に何もしていなくてもズキズキと痛み、寝られないようになってくる。これではしょうがないと思って病院に行ってみると先生からこりゃ五十肩だねなんて簡単に言われちゃとっとがっくりだ。友達にきいてみたら、彼はもう何回もなっているよ、なんて平然と言う。でも通常は数か月でよくなると言うから、少し我慢して、一週間に一度程度病院に通っていた。しかしもう4か月以上経つのに一向に良くならない。個人差はあるだろうし、また歳も歳なので長引くんだろうとは思ったが、早く治って欲しいものだ。

 この五十肩、正式には肩関節周囲炎と呼ぶのだそうだ。原因はまだわかっていないらしく、最初の2週間程度は急性期、その後は慢性期で痛みは徐々に軽減していくそうだ。半年ほどすると回復期に入りだんだんと痛みがなくなると書かれている。これによるとまだ数か月しかたっていない私は、慢性期のあたりで痛みが徐々に軽くなっていく過程にあるらしい。そう言われてみれば、前より少し肩が動かせるようになった気もする。治療は超音波や保温、リハビリテーションなどの方法があるらしいが、とても治療と言えるものではなく、対処療法という程度。かなり科学技術が進歩したなと思っていたが、こんなことがまだわかっていないのかと少しがっかり。そういえば風邪の治療法も、薬もあるけれど最善の方法はよく寝るなんて大した治療方法じゃないからね。人間の進歩もその程度ってことですね。

 五十肩になって不便なことというと、とにかく服を着るときに困る事。腕を後ろに回せないからジャケットが着ずらい。五十肩は右肩なので、ジャケットをいつもののように左袖に腕を通してから右腕を通すことができず、逆にまず右袖を通してから左袖を通すといういつも違う方法で着ることになる。大したことじゃないよねと思うかもしれないが、これが結構大変。右肩もあまり回らないから左袖を通すあたりで頭がジャケットの首あたりでつっかえてしまい、結局着れずに、脱ぐこともできずに立ち往生なんてこともある。それでいてその間じゅう右肩が痛い。アー早く治って欲しい。それと夜寝ている時に、何もしていないのに肩が痛み出すこと。痛みで目が覚めてしまう。でもたいていの場合はすぐに寝付く事ができるけれど、結構痛い。その痛みは筋肉痛とは違い、神経痛みたいな痛みである。

 こう書いてみると、62歳にして病気はそれだけなので、そこそこ健康なのである。世の中にはもっと辛い痛みを抱えている人が多い中でそれだけなのだから御の字ということだということだ。ま、気長に直していくとするか。

3.11から既に7年。あの時、私は、新宿の高層ビルの中にいた。
急におおきな揺れがきた。それは、家にいる時に起きる揺れでなく
大きく横に揺れた。外を見ると、他の高層ビルも撓むように揺れて
隣のビルとぶつかるのではないかと思うくらいだった。
すぐに女房から電話があった。大丈夫かと、こちらはぜんぜん大丈夫
だと話して、電話を切った。その時は、それ程大きな災害になるとは
思っていなかった。しかしその後、その日一日、女房の携帯に
電話が繋がらなかった。しばらくすると、遠くに、それは千葉の
工業地帯であったが、石油コンビナートに火災が発生し、それが
よく見えたのを覚えている。会社のテレビをつけて見ると、津波
が東北の海岸線を襲っているのが見えた。その時初めて、
これは大変な事が起きているんだと自覚した。
東京でも、まったく電車が動かなくなり、帰宅困難者となった。
あれから7年。2時46分、私は何をしていたかというと、壊れた
テレビの買い替えに、電気屋さんに行っていた。今日が3.11
だということを知っていたが。。。
東京では、既に何事もないように毎日が過ぎていく。
しかし、まだ大勢の人達が苦しんでいるという事を忘れては
いけない。

 

一昨日、佐野厄除け大師に行ってきた。次女と私が今年厄年だからである。
しかし、おかしなもので、厄年は一生の中で何回もあるのだが、数え61歳の
厄年だけ、佐野厄除け大師と他の神社と異なる。他の神社では、数え61歳
は本厄であるのに対し、佐野厄除け大師では前厄となる。いずれにせよ、
厄年であるのは変わらないので、今後2年間または3年間の厄を祓ってもらう
為、お参りをしてきた。
一度長女の厄年の時にもお参りをしてきたが、今回も早く出発し朝10時過ぎ
についたにも関わらず、多くの人が参拝をしていた。厄除けの祈祷も100人
程度はいたと思う。さすがにお正月にテレビコマーシャルを流すだけあって
ご祈祷の流れ作業。まず、受付、支払い、そしてご祈祷、お札をもらうが一連
の作業で、小1時間程度で行われる。
お堂の中に入ると、3月中旬にもなるのに結構寒い。有名なお寺のお堂の中
というのは、仏像や伽藍なども精緻にできており、色々な仏具が置かれている
のが普通なのだが、この佐野厄除け大師はどれもシンプル。実際気温が低い
のに加えて寒々しいくらい仏具が少ない。しかしこれだけの人が来るのだから
ご利益があるのだろう。
地方の神社仏閣だからだろうか、駐車場もたくさんある。驚いた事に、本当に
近いエリアは有料で¥600もする。しかし100mも行くと無料駐車場がある。
有料駐車場は近所の人達が自主的に行っているのだろうけれど、少し節操
ないなと感じる。
さて、お参りも終わり、昼食をたべに行く。せっかく佐野にきたのだから佐野
ラーメン。ネットをググッてみると大和というラーメン屋があった。早速行ってみると
11時半過ぎにも関わらず、既に30人超の人達が待っている。ラーメン屋なので
そんなに待たないだろうと思っていたが、30分程度で店の中に通される。ラーメン
はあっさりしょうゆ味。麺は手打ちの手打ち麺。しこしことしている。これはうまい。
頼んだのがチャーシュー麺だったので、チャーシューがたっぷり。あっさりは
していたがこれだけ多いとさすがに気持ちが悪くなりそう。歳のせいか。
2016年にはTOP50の21位に入って、その他の年もずっと上位の店。さすが。
ここで昼食を食べ、佐野アウトレットでショッピングをして、帰宅した。

 

まずは寝る位置と箪笥の位置。寝室に箪笥などがなければいいのですが、ある場合は
図1のようには置かないようにしてください。ベッドに寝ている時に大きな地震が起きたら
箪笥が倒れてきて大けがをしてしまいます。図2のように箪笥を置きましょう。これなら
箪笥が倒れてもベット側に倒れてきません。まずは、この位置関係に注意をしましょう。
これは絶対にそうしましょう。地震が起きた時に、すぐに飛び起きてよけられるなんて
考えたら大間違いです。地震にもよりますが、直下型地震の場合にはとてもそんな余裕はありません。

 

     (図1)                     

     (図2)

次に、箪笥はドアの傍には置かないようにしましょう。たとえ箪笥が倒れてもドアが塞がれない位置に置きたいものです。

今日は、ちょっと寄り道。

今週、所用で道後温泉に行ってきました。観光に行ったわけでなかったので、道後温泉本館で温泉に入っただけで帰ってきましたが、行ってみてビックリしました。古い温泉旅館が道に軒を連ねて立っていて、道後温泉本館もその一つと思っていたのですが、建物の四方は道で他の建物と隔たっている事がわかりました。行ってみないとわからないものです。

さて、あの建物は木造です。ここでお風呂に入っている時に南海地震が来たらどうなるでしょう。まさか、これだけ有名な建物なのでそれなりに地震対策をしているでしょうから倒壊することはないとは思いますが、しかしもし地震がきたらと一瞬考えることが重要です。避難口はどこかなとか、どのあたりが柱が多いかなとか、ほんの一瞬でも考える習慣を付けましょう。そうすることが生死の分けるかもしれません。

 

 

では、まず何をすればよいんでしょう。

そうですね。1日の内で一番居る確率の高いところから、備えをしましょう。大抵の場合

自宅ですね。働いている人もそうでない人も、家に帰って寝ますよね。大体、1日の内で少なくとも家で5~6時間以上は自宅にいるんじゃないでしょうか。居間、風呂、トイレ、キッチン、寝室

などがありますが、この中で一番自分が無防備になるところ、そうですね、寝室で寝ている時が無防備ですね。ですからまず、寝室の対策をしましょう。確かにキッチンで火を使っている時は

危ないですけれど、火を使っている時間はせいぜい一日の内で1時間程度じゃないでしょうか?

寝ている時は、地震が来ても大きな揺れでも起きない人だっているかもしれない。その時に上からクーラーが頭に落ちてきたら一貫の終わり。

だから寝室の地震対策をまずしましょう。

それでは、その方法は次回。

 

30年以内の地震発生確率は、

東海地震 88%
東南海地震 70%
南海地震 60%
首都直下型 70%
と言われている。

(2012/1/1現在 文部科学省地震調査研究推進本部)

免許保有者の1年間の自動車事故発生確率 =0.8%


首都直下型の1年間の発生確率=70/30=2.3%
で自動車事故よりも、首都直下型地震に遭うほうが4倍も大きい。

自動車を持っている人で、任意保険に入っていない人はほとんどいない
であろう。しかし、地震保険に入っていない、地震に対して備えていない
人はいっぱいいる。

さあ、地震に対して少しは備えよう。

 

東日本震災以来、各地で災害が起こっている。特に最近は、箱根の火山活動が活発になったり、西ノ島が火山で大きくなったり、口永良部島の火山、桜島の噴火など地下の活動が活発になってきた感がある。また気象も寒暖の差が激しくなり、集中豪雨、竜巻、川の氾濫などが頻繁に起こる。また将来、首都直下型地震、東南海地震などが起きると予想される。これらの災害からどのように身を守るのかを、防災士の資格を取った事を機に考えていきたいと思っている。