わたくし、週1より少ない頻度ですが、外国人に、日本語を教える(というと仰々しい。どっちかというと「話し相手になる」が正解)ボランティアをしているのです。

 

わたしは特に、資格(日本語教師の検定試験合格、とか、養成講座を修了したとか)がないんですが。

 

でも、自称ながら、やさしい日本語の使い手です。

「じゃあ今日の授業ではどうなさりたいですか?」なんて聞かずに、「きょうは、どんな べんきょうを したいですか? かきますか?はなしますか?」とたずねる、とか。

「週末のご予定は?」とは言わず、「日曜日、何をしますか?」

「ご存知ですか?」は「知っていますか?(わかりますか?)」という、そういう感じ。

 

ならった言葉、ならった語順、なるべく短い文ではっきり。

それがやさしい日本語。

因みにこれ、小学校低学年の一般の子どもにもとても有効。

 

 

一方で。

420時間(?だったかな?)の養成講座をがんばって終了したという年配のボランティアさん。

使う教材、たとえば「みんなの日本語」とか、そういうことには詳しいようではありますが。

 

やさしい日本語が使えない。

語彙のコントロールができない。

えへえへ笑いながら話してしまうので、語尾が聞き取りづらい。

プライベートなことを遠慮なくきいてしまう

(結婚してるんですか、はまだ良いほう。なんの病気ですか、とかその辺も急に聞いちゃう。)

 

コミュニケーション能力っていうのは、勉強しても習得できるものではないのかな、とつい思っちゃう。

いったい講座で何を学んできたんだ…

 

さらに一方で。

学習者さんでも、コミュ障全開の人がおりまして。

「日曜日、何をしますか?」などと聞くと、たとえば、「部屋をそうじします」と返事をして。

それで終わってしまうんですね。

日本語の能力の問題というよりは、相手を思いやる力が弱いことの問題なのかな。

同レベルの日本語力でも、会話がとてもはずむ学習者さんもたくさんいますから。

 

「日曜日、先生は何をしますか?」と聞けるかどうかで、話の広がりが全然違うんですけどね。

 

というわけで、最近はわたしは図々しく、そこまで教えることにしています。

聞かれた同じ内容のことを、相手にも聞いてみましょう。

おなじ聞き方でいいですよ。

なんつて。

 

コミュ障の人がどこまで変わるか、ちょっとした実験です。

 

…年配のボランティアさんの方は教えても変われる気がしない(むしろ怒らせてしまいそうな)ので放置ですけどw