ブログの続き、Part3はまた次の機会に書くとして、今私の中で旬なことをやっぱり書こう音譜

先日、仕事仲間のHさんがとあるブログで書いていた「自分自身のプロフィール」というアバターに触れる一番最初の練習があるベル

私の人生も思えば、4年前にこの「自分自身のプロフィール」を書き込んだときから自分の人生を大切にしながら現実をクリエイトする方向へぐっと向かったロケット

この練習は自分の人生を大切に振り返りながら、「リサーフェシングレジスタードトレードマークワークブック」の中にある質問に一つひとつ答えていくことで、自分の意識の中にあるパズルが組み合わさって今の自分の人生がここに再現されるというもの



私はこの練習は「自分の人生をもっと変化させたいなぁ」とか「自分の人生って一体どうなってんだ?」って言うようなときにことあるごとに書き込んできた。

そしてそのたび、自分の中がすっきり整理されることとなり自分のクリエイトしたい夢に向かって進んで行くことが出来るロケット

実は、今年に入ってこの半年。仕事も人生も何だかスッキリしないというかなり重症スランプ状態の中にいた私。

自分が実現したい夢が大きく見えすぎて、自分が無力のように感じて何もクリエイトできない。

でも本当に助かるのは私はアバターのテクニックをフル装備使える。
そのフル装備備えたアバターのテクニックで昔の私なら絶対乗り越えられないなぁと思うような壁や制限をどんどんぶち壊して現実を創り変えてきた。

「私の人生の全ての領域を簡単にシンプルにしていくことを許す」ということを意図したおかげで、重症のスランプ状態も光が見えてくるところまで随分と変化させることが出来るようになった虹

で、色んなパズルが意識の中に漂ってる…そんな感じを覚えたので時間を創って「自分自身のプロフィール」を久しぶりに書き込むことにしたメモ

すると、まだまだ「嫌だなぁ」と抵抗すること、「あれ。そういえばこんなことあったよなぁ!」と思い出したこと、そして「いやぁ。こんなこと達成してた。楽しい!」とか「いやぁ。まだまだ可能性はあるぞぉ」とか自分の意識が整理されていくと色んなことが軽くなるラブラブ

そして人生をクリエイトする!という方向に自分の意識がぐっとむき出した瞬間から、色々な魔法が起こり始めて現実がまた加速されるような出来事が続いているベル

意識の仕組みとは何とも面白いきらきら

夢をかなえるためには、やっぱり自分の中を整理すること。
それが始まり~☆


「リサーフェシングレジスタードトレードマークワークブック」はアバターの受講に関係なく、自分の人生を大切に扱いたい方ならどなたでも使っていただけます。
本屋さんでの取り扱いは通常行っておりません。お近くのアバターマスターから手に入ります。
ご興味のある方はYUKAまでまずはメッセージください手紙

アバターレジスタードトレードマーク及びリサーフェシングレジスタードトレードマークはスターズ・エッジレジスタードトレードマーク社の登録商標であり、全ての権利を同社が有する。

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夢は絶対叶う~ということで心躍りながら幼稚園の先生になりました。




毎日の保育は子どもたちと真剣勝負で走り回り…基本的には楽しいラブラブ


でも、保育実習生とは違い担任になると責任は一気に増える。

自由保育をうたうここの園は、行事も割りとあるし、毎回毎回趣向を凝らした保育をするのでとても忙しい。


「子どもたちの目線で保育を目と思うものの、ちょっと気に障ることがあるとそのときの感情をぶつけてしまうこともたまにありしょぼん


子どもたちが帰った後に、毎日のようにする反省と罪悪感。


「あの時、怒りすぎたよなぁ」という思いが日々積もっていく。


自分の力のなさも感じる日々。


私は3年して自分の夢を諦めて退職することとなるえぐえぐ。。。


その代償は今振り返ると…思ったよりも大きかった。


「次に何をするのか?」を考えたときありがたいことに自分が卒業した短大の先生から保育所への就職を推薦されたりもした。でも…もう私はその頃「保育」という夢に落胆していて、難しさを感じてた。


「じゃあ、何をするか?」


私は幼児教育を学んできて、その分野に関しては実績もあるし教育もある。

でも…他の分野に関しては何にも知らない。おまけに私が卒業したのは名もない4流といわれるような短大ガーン

特に誇れるような技能も能力もない。コンプレックスと制限一杯の私ガーン


でも、基本的に楽観主義の私もいるにひひ


その頃、会社ではパソコンがまだ入り始めた頃でした。


「就職するならパソコンでも学ぶかなぁ。でもそれには時間がかかるし…。」という考えが思い浮かぶピカッ


すると短大時代にとてもお世話になってた別の教授から電話がかかってきた電話


「仕事辞めたんやって~。短大に一回遊びにおいでや」と懐かしい声。

「わかった~」と学生気分で出かけた私。


そこで運命の出会い??


「N先生が、研究室の助手を探してるでぇ~。」


そこへN先生登場。


「パソコン使えんの?」

「え?全然。でも覚えたい気はあるよぉ」

「じゃあ、うちの研究室来る?」


と就職決定。


お仕事は短大の別の学科に出来たパソコン教室を主に管理しているN先生についてパソコン教室の助手。


パソコン触れない私が、パソコンを教える先生のアシスタントをしながら覚える&お給料までついてくる。という話。


「結構望む現実を創るのは簡単ベル


結局、パソコン教室助手として休むまもなく働くこととなる。


平日は仕事。でも土日は何にも目的のない日が続くこととなる


「一体私は何がしたいんだろうか?」という心の中で小さく叫んでる葛藤を聴きながら。


続きはPart3へ。



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2004年の6月に出会った、アバターレジスタードトレードマークコース

それ以来、私はそのコースで探求する自分の意識や人の意識、そして人生の変化が面白くてとりこになっているわけですが…そんなコースに出会う前の私をちょっと回想ハート


小さい頃から、私は日常の中で小さな不安や感情の起伏や心配で葛藤を持って生きていました。

それは本当に些細なことから、大きなことまで。


目に見えない宇宙についてとか考えたり、占い好きで占いに凝ってたりもした時期も…。


「もうちょっと幸せに生きていけてもええやんかぁ~」というのが私のベースにいつの間にやらあった気がします。


で、私は4歳のときに「幼稚園の先生になる!」と何の根拠もなく決めました


これは今でもはっきりと覚えています。突如どこからともなく現れた決意。


小学生の卒業アルバムにもはっきりと「保母さん」と書いていました。

(この頃幼稚園の先生と保母さんが同じものだと思ってましたにひひ…実際は管轄が違うのです。)


「あんなふうになってもいいかも~」とか色々夢は少々揺れ動いたものの、17歳の高校3年生のときに

やっぱり「幼稚園の先生になる!」ということを決意して、短大では専門課程に進みました。


私自身は、幼稚園の頃から数字やら足し算やら文字やらを勉強するような幼稚園で育ちました。

そして、家の両親はなかなかの厳しい2人だったので私は「教化」というものに対して抵抗していましたむっ


だから「自由保育で子どもたちの自由な意思が育つ幼稚園に勤める」と強く思いました


その頃私が行ってた短大では、教員の募集は必ず学校に来る学校推薦の形でした。

学校推薦が受けれない園は、就職試験を受けれないわけです。


でも、私は引き寄せました流れ星

私が思うような幼稚園からの求人広告をフラッグ


試験を受けたのは12月。

学校の先生や就職担当の人や書類を出してくれる事務所の人には「ここの幼稚園は試験が厳しいし、うちの学校からは最近誰も採用されてないし、難しいから止めたほうがいい」と何度も心配して言われましたえ


でも私は「やりたいことはやったほうがいいし、受けてみてダメだったらその時考えます~音譜と全くそんな言葉には揺れませんでした。


1次試験は論文。確か「私の目指す保育とは」みたいな内容を書いた気がします。


1次試験はパス。


2次試験はデッサンやら、ディスカッションやら、音楽やら…あったけど何でかすごく落ち着いてたのを覚えています。


「ここに来るんだろうなぁ」というようなどこからともなくやってくる確信


その翌日の夕方だったと思います。

採用の電話が園からありました。

学校にも園長先生がわざわざ挨拶に出向いてくれて、先生たちも「合格したんやぁ」とびっくりで電話をくれました。


その時思ったこと。


「夢は絶対叶う!」


続きはPart2で☆








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