おはよう2連休です。 | 新 三毛猫と俺

新 三毛猫と俺

ニャンコと俺の20年の思い出と、我が家の新しい家族、三毛猫ミミとの日々の出来事を徒然に書いて行きます。
長い間放置していたアメブロ、再始動します。

また、よろしくお願いします。

最近ほぼシラフの状態が続いています。
そこで、ここ数年の事を振り返ってました。
そういえば、もう五年ぐらい女房以外と合体していない。ヽ(*'0'*)ツ
毎日汁を出すのも、やめて随分となる。
腹も少し出て来た。身体を動かす仕事もしていないので、筋肉も落ちて腕が更に細くなった。
息子が大きくなったので、話し相手になるようになった。
娘は、大きくなって来たので「お父さんキモイ!」と言うか!無視するか相手にしてくれなくなった。
ニャンコは寒い時だけ布団に入って来る。
女房とは音楽もいっしょにやっている。良き相棒である。最近セックスも俺のペースにあわせようと頑張っている。
そういや、昔「毎日やりたい!」と言ったら号泣された。爆
「最近は、そんな性欲もない。エロい事も考えない」と言ってみたら。
「絶対 嘘や!」と笑われた。
半分は嘘だが、すべて嘘と言うわけでもない。
たとえば職場には、老若含め女性が、たくさんいるのだが興味をもてない。
俺は職業柄他人と話す時は、上っ面の愛想だけで話す習慣がついてしまったせいか?
大半の人達が、没個性的で識別する事が難しいからか?
感情移入が出来ない。
何かテレビの画面と、話しているような気分にさえなる。
何回か、綺麗な識別可能な女子を、好きになったと思い込んで感情移入できるようになろうと、
ひとり頑張ったりした事もあったが、一週間程度しか思い込みだけでは、自分を欺けなかった。
仕事で時々だが、怒り狂った客と電話で話す事がある。
不思議なことに変に安心する。
『今 俺は、生きた人間と話をしている。感情剥き出しの正気の人間と話をしている』
そう俺にしてみれば、上司の顔色ばかり気にして表面だけ、取り繕ってそれを当たり前のように、常識(長いものには巻かれろ的思考)とする自分達を狂気と感じているからである。
学校や職場での教育とは洗脳であり、洗脳された人間が、自分の意志とは別に、集団という中で上からの指令で機械的に動く様子は、まさに狂気である。
それは、やっている事が少し違うだけで、戦争で敵を倒せと言われ、命令のまま神風となった日本帝国軍人たちと何が違うのだろうと考える事がある。
だから、俺は職場の人間に興味がわかない。
深く話してみると面白い人達は、何人かいるし、いた。過去形は居なくなったからである ww
だからといって、こんな話を職場でするつもりもない。
だから自分の仕事は『気違いのお芝居をして、日銭を稼ぐエンターテナー』だと思う事にしている。

ものごとの本質は、本当はもっと違うところにあるのかも知れない。
もう少し社会というものを深く見つめ考察し、アンチテーゼな問いかけをぶつけて行きたいと思う。

俺の人生に、希望をくれたのはロックとサイエンスフィクション!
俺の人生に、光を与えてくれたのは”女房”である!

俺の人生すべてを”女房と彼女が愛するすべてのものに捧げよう”

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